008 追っ手
――森の中には魔物が棲んでいる。
幼い頃から聞かされていた話だが、実際に見てみると聞いていた話よりも恐怖心を抱かざるを得ない。暗い視界の中で、周囲から聞こえる物音が魔物の存在を彷彿とさせる。
手元にあるこの光球が無ければ、足元すら見えずに萎縮しまう自分の姿が目に浮かぶ。それでも、せっかくお兄様が作り出した逃げ出す機会だ。そう考えながら、私は森の中を手探りで歩いていく。
「……痛っ」
視界に見えるのは、微かに見える木々の影と手を伸ばせば届く距離に姿を現す草木だけだ。そんな空間で手探りで歩けば、草木で指を切ってしまうのは仕方のない事だろう。私は雨粒ぐらい出ている血を口に含みつつ、周囲の様子を軽く伺う。
ガサガサ……。
「ひっ……」
風で揺れる草木の音に怯えてしまった私は、情けないと思えてしまう声を上げる。誰にも聞かれていないが、自分の口を塞ぐように慌てて手を添える。お兄様曰く、この森では魔物は出ないとの事。
それでも警戒してしまうのは、私が……いや、ルイズレッド・カーティスという少女の記憶にある魔物の情報が曖昧だからだろう。それが無かったとしても、この森で一人で居るのは私自身も心細くなってしまう。
いくら独りが慣れていると言っても、こんな森の中を一人で歩いた事なんて……。
「また独り、か」
曖昧な記憶にある私という存在は、どうやら孤独に生きていたようだ。曖昧に浮かぶ記憶の中で、一人という孤独な空間で食事をしている様子が見えた。それを思い出していると私も彼女も、もしかしたら同じ孤独だったから惹かれ合ったのかもしれない。
「っ!?」
草木が揺れる音の中に紛れて、人間の足音が紛れたように聞こえた。私はそれに耳を澄ませ、自分の呼吸音と鼓動音以外に意識を向ける。
ルイズレッドは耳が良いようだ。短い時間だったけれど、あの物置部屋から離れた場所からの足音にも気付ける程だ。一枚の壁越しでも、人間一人分の足音を勘付ける程の聴力は貴重だろう。だがしかし、この足音は確実に魔物ではない。
該当するのは……人間だ。それも複数人?どうして?
「……」
実兄である彼が言い訳したとしても、物置部屋から居なくなっている私を追う理由は無い。いや、貴族位を剥奪し、子供を子供として扱わなかった事が露見する事を考えれば追っ手を放ってもおかしくない。
それ以外でも、ルイズレッドの両親の事を考えれば納得行く理由が一つ思い浮かぶ。それは、カーティス家から魔力無しが出てしまったという事実。それだけが露見する事を拒みそうな気がする。でも、だからと言って追っ手が来るのが早過ぎる。
「――まさか……エルハルト兄様が」
そんな事を考えていた所為だろうか、背後まで近付いていた気配に気付けなかったのである。
『見つけたぜ、お嬢ちゃん……へっへっへ』
「ひっ!?」
伸ばされた手が見えた瞬間、私は明かりである光球が発動中の魔水晶を投げて走った。