007 別れ、森の中へ
実兄であるエルハルトに手を引かれるルイズレッドは、自分よりも背丈のある背中を見つめながら足を運ぶ。少し進んだ曲がり角に差し掛かった時、エルハルトは足を止めてルイズレッドを手で動きを制する。
「お兄様?」
「メイド達が通ってね。けど、もう大丈夫みたいだ。……行こうか」
「はい」
差し出された手を握り、ルイズレッドはエルハルトと共に屋敷の外へ出た。壁に身を隠し、庭に身を隠し、見回りをしているメイドに見つからないように移動する。やがて屋敷の外へと辿り着いた時、エルハルトは安堵の息を吐いた。
山場は乗り切った。――そんな緊張感に包まれた状態から解放され、ルイズレッドも胸を撫で下ろすように安堵の息を漏らす。
「ここまで来ればもう大丈夫だよ」
そう言いながら、エルハルトはルイズレッドの頭を優しく撫でる。優しく頭を撫でられたルイズレッドは、目を細めて心地良さそうに笑みを浮かべる。そんなルイズレッドに対して、エルハルトはルイズレッドの頭に手を置いたまま告げた。
「ここから先はルイズ、キミ一人で行かなくちゃならない」
「でもお兄様、この森に魔物は居ないのでしょうか?」
「この森は結界に守られてるから他の森より安全だよ。それでも暗いから、これを使いなさい」
エルハルトは卓球サイズの水晶玉を手渡すと、ルイズレッドは小首を傾げて問い掛けた。
「これは……魔水晶ですか?」
「これには僕の魔力が込めてある。ルイズの魔力に反応して、生活魔法の光球が発動するようにしてある。けれど、持ち主の魔力に比例するから、持続時間には気を付けてね」
「でも、私の魔力では……」
「その為に僕の魔力を込めたんだ。少しの間だけは、僕の魔力で光り続けるはずだよ」
「ありがとうございます、お兄様」
「さぁ、早くお行き。僕だけなら言い訳も出来るから」
そう言うと、エルハルトは魔水晶の魔法を発動させる。綺麗な輝きに目を奪われていたが、すぐにハッとしたルイズレッドはエルハルトに抱き着いて口を開く。
「お兄様っ、このご恩は一生忘れません」
「いいよ、ルイズは僕の妹だからね。寧ろ、これぐらいしか出来ない事が心苦しいよ。これから様々な苦悩だったり、生きるのが辛くなるかもしれない。けれど、キミは一人じゃない。僕はキミの味方だ。この魔水晶も、きっとキミの力になってくれるはずだよ」
「ありがとうございます。それではお兄様、私、行って参ります」
「あぁ、行っておいで」
内側から込み上げる寂しさと不安を抑えつつ、ルイズレッドは森の中へと足を踏み入れる。そんなルイズレッドの姿が見えなくなり、小さな明かりだけが見えるようになった時にエルハルトは口を開いた。
「――それじゃあ、後はキミたちに任せるよ」
その言葉に頷きながら、ニヤリと笑みを浮かべる人影が複数……森の中へ入って行くのだった。