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004 別れ、そして譲渡

 『ごめんなさい』

 「え?」


 その声が聞こえた瞬間、ルイズレッドは思わず周囲を確認した。何処からともなく聞こえた声の主は、周囲に誰も居ないという事が理解出来る。理解出来るのだが、しかし何処から聞こえたのか最初は分からなかった。

 だが、鏡に視線を戻した時にルイズレッドは確信した。何故なら、鏡に映った自分とは違う表情をした自分が映っていたのだ。それを見た瞬間、ルイズレッドはそこに映っている者こそルイズレッド本人である事を理解した。


 『え、えっと……は、初めまして……私はルイズレッド、ただのルイズレッドです』

 「わ、わたしは……ごめんなさい。わたし、本当の自分の名前が分からないの。見た目はあなたと同じだけど、どう自己紹介したら良いか」

 『大丈夫ですわ。私の肉体の所有権は、既に貴女にありますから。どうぞ、ルイズレッドと名乗って下さいませ』

 

 彼女こそがこの肉体の所有者であり、正真正銘、本物のルイズレッド・カーティスである事は間違いないだろう。だがしかし、彼女は自分で既にカーティス家の人間ではないと確立してしまっているようだ。

 何故なら自己紹介の際、彼女は自分の事を「ただのルイズレッド」と言っていたのだ。カーティスと名乗らずに名乗っているのは、既に自分という存在をカーティス家から除外してしまっている証拠だろう。

 

 「でも、わたしはあなたじゃないし……記憶は引き継いでいても上手く生きられるかどうかなんて」

 『大丈夫です。この肉体を渡す時、ある方に言われています。貴女は上手く立ち回る事も出来るし、きっと私よりも強く生きられると。だから、私の代わりに人生を謳歌して下さい。私の人生は既に、自ら命を絶とうとした時点で潰えていますから』


 そう言って彼女は静かに微笑んで見せる。だがその笑みからは、何処か寂しく、悲しさを帯びているような気がした。その顔をなんとなくだが、見た事がある気がするのはどうしてだろうか。自分の記憶は曖昧なのに、その表情を見た事があるような気がするのだ。

 そんな事を感じながら、ルイズレッドは彼女に疑問に思った事を問い掛ける。


 「ある方、というのは?」

 『……ごめんなさい。それは口外しないようにと告げられておりますから、私の口から教える事は出来ないんですわ。本当にごめんなさい。出来る事なら、自由の身で肉体を渡せれば良かったのですけれど』

 

 彼女は顔を俯かせてそう言った。頭を下げる際に見えた表情は、微かに強張っており、そして震えているようだ。それは恐らく、現状の打破が出来ずに入れ替わってしまった事を悔いているのだろう。

 だがもし、打破する事が出来たら停滞を選ぶ可能性は低いはずだ。それを思ったルイズレッドは、鏡に映る本物である彼女に再び問い掛ける。彼女自身の事を……。


 「あの、ルイズレッドさん……あなたは、後悔してませんか?わたしに肉体を差し出した事を、生きるのを諦めた事を……後悔、してませんか?」

 

 無神経だったかもしれない。けれど、それを聞かずには居られなかった。もし聞かずにこの肉体の所有権が移ったとしても、完全に自分がルイズレッド・カーティス本人になろうとも、彼女に聞かなければならないと感じたのだ。

 少しでも後悔しているのであれば、今からでも遅くはないはずだと思ったから。だがしかし、彼女は小さく笑みを浮かべて告げたのである。


 『いいえ、後悔はありません。状況は最悪ですが、あの方のお墨付きがある貴女に渡せたのなら後悔はありません。そして願う事なら、貴女がその命が尽きるまで人生を謳歌する事を願います。……そろそろ時間のようですわ、最期に貴女と話せて良かったです。それでは私、私の代わりに、私よりも人生を楽しんで下さいね?さようなら――』

 「っ、待って!まだ聞きたい事が……」


 その言葉を残して彼女は消滅したのだろう。鏡に映った彼女は自分に戻っており、動きも表情も全く同じに戻ってしまっていた。ルイズレッドは鏡から視線を外し、その場で崩れるように再びベッドに倒れ込んだ。

 

 「わたしが、ルイズレッド……本当にそれで良かったの?ルイズレッドさん」


 静かに呟かれた言葉は虚空に消え去り、ルイズレッドはその目を閉じたのである。

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