027 遭遇Ⅱ ④
『そこの女、目を閉じろ!』
「っ!?」
魔物に襲われそうになった瞬間、私の耳に届いた声に咄嗟に反応する事が出来た。その瞬間、瞼越しに強い光が視界を覆い尽くしているのが分かった。どうやら、魔物の視界を奪ったのだろう。やがて魔物が攻撃を受けた小さな断末魔と何かで斬られる音が聞こえて静寂が訪れた。
危険が去ったと理解した私がゆっくりと目を開けると、そこには異様な姿をして存在が私の目の前に立っていた。剣を鞘に納めていたその人は、普通の人間ではない事は一目瞭然だ。何故なら、褐色の肌に包まれているだけならまだしも、頭上に耳が生えており、腰辺りには尻尾のような物が生えていたからだ。
「……」
『こんな所で人間に会うとはな。無事か?』
「あ、あぁ、えっと……助けて下さり感謝します」
感謝の意を伝えたかったのだが、目の前に居る者の名前が分からない。いや、恐らく私は彼を知っている。知っているはずなのだ。その見た目、何処かで見た覚えがあるのだ。
『オレの顔に何か付いてるか?』
「あぁいえ……えっと、それって本物ですか?」
『それ?……あぁ、これの事か。やはり普通の人間には、オレの姿は異質に見えるか?』
私に問いに対して、彼は自分の頭上にある耳や尻尾を揺らして見せる。目付きの悪い様子とは裏腹に、柔らかい表情の持ち主のようだと見受けられる。顔立ちも良いし、何処かの貴族と言われても違和感の無い気がする。
そんな事を考えていると、彼が私の顔を覗き込んでいる事に気付いた。反応の遅れた私は、咄嗟に身を引いて微かな臨戦態勢を取りながら言った。
「た、助けてくれた事には感謝します。ですが、何故このような場所に貴方のような人が居るのですか?」
『あ?そりゃオマエ、魔物討伐の任務で来たからに決まってるだろ』
「魔物討伐……」
『この森は魔物の巣窟だ。オレからすりゃ、どうしてオマエみてぇな女が一人で護衛も付けずにこんな森に居る方が不思議だね』
「……確かにそうですね。その言葉には返す言葉もありません。非礼をお詫びします。改めて、助けていただき感謝致します。私はルイズレッドと申します」
私は名乗りながら、記憶上にある礼儀作法を見様見真似で取り繕った。僅かにぎこちなさはあっただろうが、この体が貴族だという事を改めて実感した。体の芯にまで叩き込まれたであろう礼儀作法が、いとも容易く形になるとは思わなかったからだ。
そんな思考を他所に、私は彼に尋ねる事にしたのである。
「宜しければ、貴方のお名前を聞いても宜しいでしょうか?」