021 揺るがない事実
ルイズレッドの魔力が暴走してから数分、兄であるエルハルトの魔法で眠らされていたのだろう。少しだけ頭痛がするけれど、魔力が暴走した後遺症である「魔力欠乏症」の症状はまだ出ていないようだ。
記憶上……魔力が暴走してから数日後、改めて魔法を使おうとしてから発症していたはずだ。その前に私はエルハルトを説得しつつ、両親に魔力を失った事を隠し通す必要があるだろう。そうしなければ、再びさっきの繰り返しをする事になるのは明白だ。
「(また傭兵と魔物と鬼ごっこなんて、勘弁して欲しいものね)」
ノブレス・オーダーというゲームでは、ルイズレッドは奴隷印を刻まれてから何処かの貴族に買われたはずで……そこでは性奴隷や労働奴隷として利用され続け、心も体も徐々に廃れて堕ちていくという設定だったはずだ。
新しい人生を歩むのにもかかわらず、ゲームと同じように性奴隷として生きるのも、家畜生活をするのも避けるべき未来だろう。私にこの体を譲ったルイズレッド本人も、そんな未来を経験するのは心の底から嫌なはずだ。
「(当然、私も嫌だ)」
しかし、この部屋は記憶にあるルイズレッドの部屋だ。まだ魔力を失った事が露見せず、カーティス家の人間として過ごしていた私室だ。隠し通すには、この後に起こる事を避ける事……もしくは、この先の出来事を変えるように動く必要性がある。
確か記憶ではこの後、目を覚ましたルイズレッドに歩み寄った両親が具合の悪い私の様子を確認するはずだ。過去ではここで、頭痛と吐き気、眩暈があって起き上がる事すら出来なかった。けれど今は精神状態も悪くないし、頭痛や吐き気は……少しだけ感じるけど起き上がれない程じゃない。
「(問題は……)」
そう、問題は両親や兄をどうやって騙すかだ。具合が悪い事を確認した両親は、それを心配して医師に相談して私が「魔力欠乏症」となっている事を知る。これがゲームでも、過去の記憶でも同じ流れだ。
もし隠し通す事が出来れば、本来ルイズレッドが行くはずだった“魔法学園”に行けるかもしれない。そこまで行ければ、主人公のヒロインや攻略対象である他の重要人物に会う事が出来るかもしれないのだ。
「……少しだけ、試してみようかしら?」
やった事は無いけれど、ルイズレッドの記憶を探れば可能だろう。そう思った私は薄暗い自室のベッドの上で起き上がり、記憶にあって扱った事のある魔法を試しに使ってみる事にした。
――ドックンッッ!!!
「うぐっ……はぁ、はぁ、はぁ……っ!?」
しかし……いや予想通りというべきだろう。ルイズレッドは、いや――私はやはり「魔力欠乏症」によって〈魔力〉を失ってしまっているようだ。兄や両親を騙すのは後で考えるとして、今はそれを知れただけでも収穫と思う事にしよう。
そんな事を思いながら、私は早鐘を打っている鼓動を落ち着かせるように寝転がる。