020 巻き戻された時間
倒れた私を支えるように抱くエルハルト兄様は、心配した眼差しで顔を覗き込ませている。周囲に居たメイドや両親の様子と周囲の状況から、今の私が……いや、ルイズレッド・カーティスがカーティス家から追放される原因となった出来事の真っ最中だという事が理解出来た。
しかし、視界から得る情報を理解しても、私の精神はそれを認めたくないのだろう。停止していた思考を働かせようとしても、正常に働いてくれない状態だ。それに頭痛や吐き気に襲われている所為で、まともな状況判断が出来ないで居る。
このままでは、今の私も先程までと同じ道を辿ってしまうだろう。ここは平常心を装いつつ、今の自室に戻る事を優先しよう。
「だ、大丈夫です。エルハルト兄様……少しばかり、無茶をしてしまったようです」
「気にしないで良い。失敗は誰にでもある事、今はゆっくり休むと良い」
そう言ったエルハルト兄様の表情は柔らかく、とても優しい空気に包まれていた。まだ魔力を失ったという事が分からず、暴走による肉体的なダメージと精神的なダメージによって衰弱しているように見えているのだろう。
『エルハルト様、お嬢様の様子は……?』
「ルイズは僕が部屋へ運ぶ。悪いがキミ達は、この場の後始末をお願いして良いかな?」
『は、はい!畏まりました。すぐに取り掛かります』
「よろしく。それじゃ行こうか、ルイズ」
「っ、お、お兄様……!」
「何だい?」
「い、いえ……なんでもありません」
咄嗟の事で言葉を詰まらせてしまった。私の事を運ぼうとして立ち上がると同時に、エルハルト兄様は私の事を抱き上げる。その格好は非常に恥ずかしく、所謂お姫様抱っこという形となっていたからだ。
後に私を家から追い出して、奴隷商と取引して傭兵を送った張本人だというのに。今のエルハルトからは、そのような気配は一切感じない。これは箱入り娘のように扱われていたルイズレッドであれば、騙されたと感じるのは当然かもしれない。
そんな事を考えながら、私はエルハルト兄様にされるがままに部屋へ運ばれた。ベッドへ寝かされる頃には、頭痛と吐き気が酷くなっており、全身が燃えていると錯覚する程に熱を帯びていた。それを心配したエルハルトは、私に眠りの魔法を掛けて告げる。
「今はおやすみ。僕の可愛い妹、後でゆっくり話そう」
「……お、おにいさ……ま……――」
全身の怠さで効果が上乗せされていたのか、その魔法によってすぐに眠気に負けてしまった。しかし、眠りに入る直前に私は改めて理解したのである。
……時間が遡っている、と――。