018 近付く魔の手
「はぁ、はぁ、はぁ……っ、げほげほ」
狼の魔物を倒すのに苦労したけれど、この体の体力もそろそろ限界だ。もう手を握る力も残っていないし、立ち上がる為に必要な体力も残っていない。ゲームで登場するルイズレッド・カーティスは貴族を嫌い、魔法を使わずに武力を行使するような登場人物だった。
幼い頃に奴隷落ちをしてしまい、自由の無い道を歩み続けていた中、何処かの貴族に買われてカーティス家に復讐を果たす。主人公と敵対する事もあれば、時と場合によっては協力する事もある奇妙な登場人物だった印象がある。
「そういえば……この世界がゲームの世界なら、主人公も登場するのかしら?」
木々の間から見える夜空を見つめながら、私は自問自答のような事を繰り返していた。魔物の死体が近くにあるけれど、もう退かす気力も拒絶する体力も残っていない。こうして寝転がりながら、体力回復に専念した方が今後の為になる。
この森の広さが曖昧な以上、闇雲に進んでも外に出る事は難しいだろう。彼女も含め、私自身も地図を覚えていれば良かったのだが――覚えていないから深く考えても仕方無いだろう。当面の目的は、この森からの脱出と拠点の確保だ。
「そうと決まれば……まずはこの空腹感をどうにかしないといけないんだけど……この魔物を食べるのは、ちょっと気が引けるわね」
魔物の肉が食べられるという話は、生前の本か何かで読んだ事がある。彼女の記憶を辿れば、何かしらの情報が出るかもしれない。しかし、箱入り娘のように扱われていた彼女の記憶を期待し過ぎるのも良くないだろう。
「はぁ~、記憶がパンパンで、もうパンクしそう」
魔物の肉を食べるのは今回は止めておこう。空腹感はあるけれど、動けない程の飢餓感がある訳じゃない。この森を抜けた後に食べ物の事を考えれば良いだろう。このまま寝転がっていたら、食欲よりも睡眠欲に殺されそうだ。
しかし眠ってしまったら、魔物や傭兵に殺される可能性がある。先程の傭兵に捕まれば、奴隷商に連れて行かれる可能性も低くないのだ。いや、確定していると言っても良いだろう。それを回避する為には、自分でこの森を抜けて、自分で生きられる空間を確保する必要がある。
「気が遠くなりそうな事ね、まったく……もし次にあの子に会う機会があったなら、少しぐらいは文句を言っても許されるわよね」
そう言いながら起き上がった私は、再び脳裏に浮かぶ地図を頼りに外を目指した。歩き始めた私を離れた場所から観察する魔物と自分の身に起きている物に気が付かないまま――。