014 冷ややかな眼差し
『ひゃっははははは、無駄だ無駄だぁ!!さっさと諦めたらお嬢ちゃんよぉ』
『鬼ごっこが楽しいんでちゅかー?捕まったら人生が終わりだもんなぁ?ははははは』
暗い森の中を駆けるルイズレッドに対し、傭兵が高笑いしながらその背中を追う。傭兵達の煽るような声を受けながら、彼女は森の中を走り続けて後ろの様子を窺う。
「はぁ、はぁ、はぁ……(しつこい!私一人に人数を割くのもどうかと思って、私を追う傭兵の数は少ない。けど、いくら私でも大人に覆い被されたら抗えない)」
彼女はそんな事を考えながら、奥歯を噛んで拳を強く握り締める。ゲームの世界だという事実が頭に浮かんだ所為で、自分が一人の人間である事を言い聞かせるように反復する。
一人の人間である。ゲームの登場キャラクターではない。そんな言葉が脳内を横切り、彼女の生への執着が今の身体を動かしている。もし一度でも足を止めれば、同じように動く事は出来ないだろう。それ程に体力は限界だ。
『さっさと諦めろよ!!無駄な足掻きでしかねぇんだからさぁ!』
『逃げた所で奴隷である事は変わらねぇ。お前の居場所はもう何処にも無ぇんだよ!』
体力の限界を感じながら走り続けるのも、傭兵達の罵倒を受けるのも、彼女にとってはストレスでしかない。そのストレスが限界に達したのだろう。彼女は木陰に身を隠しながら落ちていた小枝を手に取り、上がり切った息を整えて木に背中を預ける。
暗い森の中で隠れた様子を見た傭兵達は、周囲に視線を動かしながらニヤニヤと足を運ぶ。忍び足で足を運びつつ、隠れたであろう木に一歩ずつ確実に近付いて行く。
『次はかくれんぼかぁ?良いぜぇ、見つけたら押し置きしねぇとなぁ』
『あまり商品を傷付けるなよ、値段が下がる』
『わーってるさ。だからある程度、遊んでやったツケは支払ってもらわねぇとなぁ?』
そう言いながら彼女が隠れた木の裏を見た瞬間、傭兵の一人が眉を寄せて視線を動かす。
『あぁん……何処行きやがった?』
『見失ったのか?チッ、探すぞ!』
傭兵の数は二人。木の裏を覗き込んだ傭兵が、キョロキョロと辺りを見渡す。そんな中でもう一人の傭兵は周囲に視線を向けると同時に背中を向けた。その隙を見計らった彼女は、葉が落ちたと同時に上を見上げた傭兵に飛び掛かった。
「っ!」
『ぐわぁぁぁぁぁぁ、目が、目がぁぁぁぁぁぁ!!』
『どうした!』
同時に傭兵の片目に木の枝を突き刺し、振り払おうとする傭兵に対して腰に下がった短剣を奪った。片目を押さえながら膝を折った傭兵に近寄り、彼女の姿を探そうと再び辺りを見渡した。
「ふっ!」
『ぐおっ!?……ごふっ……ちくしょうが』
『フー、フー、フー……商品だろうが、ガキだろうが関係ねぇ。殺してやる!』
肩を木に預けながら、短剣で心臓を貫かれた傭兵が倒れる様子を見た。その隣で倒れた傭兵から短剣を抜く彼女の姿を睨み付け、殺気と怒りを剥き出しにする傭兵が掴み掛かろうと接近した。
だがしかし、触れられる直前に傭兵は彼女の横を通り過ぎてしまった。やがて倒れた傭兵の顔面には、真っ赤に染まった短剣が突き刺さっていた。倒れた傭兵達を見下ろしながら、上がった息を整えた彼女は小さく呟いたのである。
「捕まったら人生が終わりって……こういう事を言うのよ」
死に絶えた傭兵を見下ろす彼女の瞳は、先程までとは比べ物にならない程……冷たかった。そして月夜に照らされる中、彼女の双眸は真っ赤に輝いて森の中へと消えて行ったのである。