011 奴隷印
――灰色の世界。
そう言うべきか、私は自分の頭の中で浮かんだ映像に思考が停止させられた。自分の目線か、それとも他人の目線か、あるいはどちらでもない第三者からの目線か。見えた景色全てが、見覚えのある気がするのに戸惑いを隠せない。
いや、確かに知っているのだ。知っているはずだが、しかし、それでも見覚えの無い記憶が頭の中を巡り始めている。そんな灰色世界の中で、私は自分ではない誰かの記憶かもしれない目線と自分の今の状況が重なったのである。
「っ!」
その瞬間、私の意識は現実へ引き戻される。そして気付けば、手に持った武器で男を斬っていた。
『ぐ、ぐわぁぁぁぁ……お、俺の、俺の腹がぁあぁっ』
「……」
人を、人間を斬った。他者の命を奪う行為に等しい。等しいはずにもかかわらず、今の私の思考は非常にクリアとなっている。意外と冷静で驚いたのもそうだが、それよりも自分の取った行動に対して抱いてる感情に違和感しかなかった。
まるで自分の体が自分のではなく、私ではない誰かの物であるかと告げられている気分にすらさせられる。だが手に感じた感触は、確かに生々しく、決して気持ちの良い物ではない感覚なのは間違いだろう。
「(わたしが斬ったけど……おかしい。不思議と何も感じない。寧ろ、わたしはこの感覚を知っている?どうして?何処で?わたしはルイズになる前、あの世界で何をしていた?)」
『このガキっっ!!』
「っ!?」
思考を働かせている最中、それを遮るように目の前の男が仲間の武器を借りて攻撃を仕掛けて来た。咄嗟の判断で後方へ飛んだが、着地と同時に片足から痛みが走って体勢を崩してしまった。
その隙を逃さなかった男達は、私に覆い被さるように押し倒した。腹部を斬られたにもかかわらず、殴り掛かる体力が残っているのが驚きだ。しかし、それよりもどうしてだろうか。私は……殴られているのは痛い。痛いけれど、どうして私はここまで落ち着いているのだろうか。
馬乗りになられ、殴られているのに。殴られるのは痛いのに、微かに抱いていたはずの恐怖心が一切ない。寧ろ、逃げ回っている時よりも冷静だと言っても過言ではないだろう。
『それ以上は止めろ!殺す気か!』
『離せ!このガキが俺の腹をっ』
『傷は金積めば治せるが、商品は治すのは難しいだろ。それぐらいお前も知ってるはずだ』
『っ……チッ、分かった。だが、アレは俺にやらせろ。たっぷり思い知らせてやる』
『あぁ、良いだろう』
アレ?アレとは一体何の事だろうか。強く殴られたからか、朦朧とする意識の中で視線を動かす。すると男は仲間達に私の体を押さえ、身動きが取れないように拘束する。大の大人達に覆い尽くされた視界というのは、あまり良い気分ではない状況だ。
だが、そんな不快感を感じる暇は……――私には無かった。
『これが何か分かるか?クソガキ。……喜べ、奴隷印だ』
「(奴隷印……)」
『お前、火の魔法を付与しろ』
『あぁ』
霞んだ視界で動く人影は、数センチの棒に火魔法を付与したようだった。火花が散る音が聞こえる中、霞んだ視界の奥で立っている男が私の服の一部を破る。背中、腰の部分が曝け出された。
『ほらよ!!たっぷり感じな!!!』
「っ……うあぁぁぁぁぁぁぁっ、ぐっ、うがぁ!!!」
その瞬間、私は全身が焼かれるような痛みに襲われたのである。