009 奴隷商の男
エルハルトはルイズレッドが森へ入ってから、間を置いて森へ傭兵を向かわせた。その数は片手で足りる人数だが、一人の少女を追うには十分過ぎる人数だ。その人数が森へ入る様子を眺めるエルハルトに近寄り、不敵に笑みを浮かべる帽子を被った正装に身を包んだ男が問う。
「本当に宜しいのですかな?妹様を売ってしまって……」
「前にも言ったはずだよ。僕は自分の為に、家の為に動くだけだよ。後はキミの傭兵に任せるけど、これだけは言わせて欲しいかな?」
「はい、なんなりと」
「キミ達のような奴隷商は嫌いだけど、仕事はきちんと片付けてくれないと困るよ。失敗は許さない、失敗すれば……僕がキミ達の敵になって全てを潰してあげる」
「申し付け通りに」
「(薄っぺらい笑みを浮かべるものだね。軽薄そうに見えるけど、仕事はしっかりしていると聞く。ルイズは僕の妹だけど、もうカーティス家とは関係ない。僕とは無関係だ)」
エルハルトは忠告をしてから、その場から屋敷の中へと姿を消した。残った彼は森へ視線を向け、杖と共に歩みを始めて森の中へと消えた。その表情は不敵な笑みとは打って変わり、冷え切った眼差しとなっていた。
「(青臭いガキが……力を力でしか遣えぬ愚かな人間だな、不合格だ)」
肩透かしを食らったのだろう。溜息を吐きつつ足を運んだが、彼は森の先に居るであろう彼女の姿を見つめるように目を細める。やがて、小さく口角を上げた彼は呟いた。
「つまらない神の人形のような人間か、はたまた己の道を行く芯のある人間か、あるいは己の心を疑い、進む道に迷い続ける羊子か。……さて、お手並み拝見と行きましょうか」
彼はそう告げて風と共に姿を消した。森へ、闇へ……その森の中を辿るように飛ぶ一羽の鳥は、やがて必死に地面を蹴り続ける少女の姿を見つけ出した。その少し後ろから歩き、悠々と笑みを浮かべる大人が追っている。
子供の足で走ったとしても、大人の歩幅と比べれば大した距離は稼げない。走ればすぐに追い着くが、そうしないのは大人が追い回す状況を楽しんでいるからだろう。そんな嬉々としている様子を見つめ、鳥は少女が見える上空へと場所を変更した。
「(彼等には独自の判断で動くように指示はしましたが、まさかこのような遊戯をしているとは……時間の無駄だ。さっさと奴隷紋を刻んで欲しいものですね、おや?)」
真下を走り続ける少女が転び、地面に根を張ったように動かなくなった。どうやら体力も限界を迎えているようだ。その様子を見据え、冷え切った眼差しのまま溜息を漏らす。
「(やはりハズレですか。……何ともつまらない結末ですね、大した商品にはならなそうだ)」
彼がそう感じ、少女に何の可能性も見出せないと判断しようとした瞬間だった。少女を捕まえようと手を伸ばした時、少女は大人の腰に下がっていた剣を抜いて斬り掛かったのである。
「っ……くくく、クククク、見つけましたよ。私の新しい玩具を」
それを見た彼は、空中で鳥の姿から元の姿へと戻ってニヤリと笑みを浮かべた。