第4話
「まあ、すごい!」
貴美子にとって、外国で働くのは、それだけで凄いことらしい。
「別に凄くはありません。私の職種だと、日本よりアメリカの方が働き口が多いので……。ただ、それだけです」
「あら、お寿司屋さんか何かですの?」
どこから寿司屋が出てきたのか不明だが、確かにアメリカでも寿司は食べられる。でも本格的に日本人が握る寿司屋は滅多にないから、一流の寿司職人が渡米してきたら、おそらく引く手数多だろう。
いや、それ以前に『一流の寿司職人』ならば、日本でも就職に困ることはないはず。
私は苦笑いしながら、正直に答える。
「そんな大層な者じゃありません。しがない分子生物学者ですよ」
「分子生物学者……? 安彦さん、学者さんなのですか? 立派なお仕事ですこと!」
隣の芝生は青いという言葉があるが、門外漢から見れば『立派なお仕事』になるのだろうか。
実際には、研究者なんて悲惨な者だ。安い給料で朝から晩まで働いて……というのは一般的なサラリーマンと同じだとしても、サラリーマンとは身分の安定性が違う。大企業の研究職を得られれば別だが、私のように大学の研究室や小さな研究機関に雇われている場合は、一年や二年といった短期契約の繰り返し。収入は全く異なるのに、雇用形態だけはプロ野球選手みたいな感じだ。
何よりも、日本には研究職が少ない、というのが大問題だった。大きな業績もコネもない私のような人間は、よほど必死に就職活動をしない限り、日本ではなく英語圏で職を得るしかないのだった。