お城で愛玩動物を飼う方法~わたくしの小鳥さん達~
わたくしには、飼っている小鳥がおります。
綺麗な声で歌う小鳥さんと、綺麗な音を奏でる小鳥さん。
わたくしの我儘で・・・檻の中へと閉じ籠めてしまった小鳥さん達。
わたくしは幼少期より、王族へ嫁ぐよう両親に繰り返し言われました。
「王族に嫁がないのなら、お前に価値は無い」
と、物心付くよりも前から、そのように教育を施されて育ちました。
両親と触れ合うよりも、貴族令嬢としてのマナーを覚えることが優先でした。
教養を身に付け、自国の歴史や地理を覚えれば、周辺諸国の歴史や地理を。
殿方を立てる為の振る舞いを。
ダンスレッスンを。
洗練された立ち居振る舞いを。
優雅に見える所作を。
美容を。会話術を。
各貴族達のパワーバランスを。
朝から晩まで入れ替わり立ち代わり、様々な教師達に囲まれる日々。
そういう風に、わたくしは育てられました。
幼いながらも自由時間は殆ど無く、されど弱音を吐くことは許されない。
弱音を吐けば、叱責されました。
できないことがあれば、できるようになるまで何度も何度も何度も執拗に繰り返させられました。
甘えられる相手も、遊び相手もおらず、皆がわたくしへ期待を掛ける。
わたくしはいつも余裕が無くて、常に緊張し、いっぱいいっぱいでした。
叱責に、落胆の溜め息に、失望の眼差しに、わたくしはどんどん追い詰められていました。
けれど、それを弱音で吐くことも、表情に、態度に出すことさえも許されませんでした。
だからわたくしは、薄い微笑みを常に浮かべ続けました。それ以外の表情を、忘れてしまう程に。
そんなある日のこと。
将来の為にと、わたくしは孤児院を訪問しました。
高貴な夫人の嗜みとして、慈善活動は必要不可欠。慈善活動として金銭支援だけをするのと、直接現場へ赴いて相手と触れ合うのとでは、受ける印象が違います。
更には、大きくなってから偶に孤児院を視察して、嫌悪感などを露わにしてしまっては、あまり宜しくないでしょうから。
幼い頃から、ある程度は孤児院に慣らしておこうという画策だったのでしょうね。
そんな周囲の思惑で連れて行かれたとある孤児院で、わたくしは――――
美しい音に合わせて、綺麗な声で歌う小鳥さんに出逢ったのです。
粗末な衣服に痩せこけた身体。けれど、一度声を上げてメロディーをなぞれば、その美しい声が孤児院の中を満たしました。
美しく、とても優しい響きの唄声に、幼いわたくしは深く安堵を覚え……惹き付けられ、魅了されてしまいました。
そして、幼かったわたくしは――――なにも考えず、父へお願いをしてしまいました。
「あのお唄がきけるなら、毎日のお勉強をもっとがんばれる気がします」
それを聞いた父は、思案するような顔をしてわたくしへ言いました。
「いいだろう。ただ、アレを家に入れる為には準備が必要だから、暫し待ちなさい」
それを聞いたわたくしは、無邪気に喜んでしまいました。父の言った準備のことなどは、全く気にも留めず。
――――愚かなわたくしは、自分のことしか考えていなかったのです。
それから二月程経った頃でしょうか、待ちに待ったわたくしの許へ……美しい声の小鳥さん達がやって来たのです。
孤児院で見たときの痩せこけたお顔は、以前よりもふっくらとした子供らしい丸みを帯びていて、粗末だった服装は身綺麗に整えられて、侍女のお仕着せを着せられていた、よく似た顔立ちの二羽の小さな小鳥さん達。
無表情にわたくしを見やる小鳥さん達に、わたくしは言いました。
「お唄を歌ってくれる?」
大きな方の小鳥さんは、顔を歪めて大きく息を吸うと、嫌そうに口を開きました。
嫌そうな顔だとしても、小鳥さんの喉から出る声は、確かに美しい声でした。
けれど、その唄は流行りの恋歌で、わたくしの焦がれた、安堵するような、あのとても優しい響きの唄ではなかったのです。
「わたくしが聞きたいのは、そのお唄じゃないわ」
そう言うと、歌った小鳥さんは嫌そうに別の唄を歌いました。けれど、その唄もわたくしの求める唄ではありませんでした。
「このお唄でもないわ。違うの」
そう言って、わたくしは小鳥さんへ歌ってくれるよう、ねだりました。
小鳥さんは、嫌そうな顔で次々と違う唄を歌って行きました。
「違うの。違うわ。いいえ、これじゃないわ」
わたくしが違うと言う度、小鳥さんの唄がどんどん雑になって行きました。
そして、とうとう――――
「ふざけんなっ!? 気に入らねぇなら一言気に入らねぇって言やぁいいじゃねぇかよっ!?」
歌っていた小鳥さんが、顔を真っ赤にして怒ってしまいました。それは、美しい声には似合わない、乱暴な口調でした。
「? どうして怒るの? あなたのお唄は、とっても綺麗よ?」
わたくしは、なぜ小鳥さんが怒っているのか不思議でした。
「だったらっ、一体なにが気にくわねぇ!!」
「どのお唄もとても上手だったけど、あなたが歌ったのは、わたくしが聞きたかったお唄じゃなかったんですもの」
「はあっ?」
「……おじょうさまは、どんなうたがききたい……です、か?」
それまで、ずっと黙っていたもう一人の小さな小鳥さんがたどたどしく口を開きました。お唄の上手な小鳥さんとはまた違った、可愛らしい声でした。
「わたくしが聞きたいのは、あなたたちが孤児院で小さな子たちに歌ってあげていたお唄よ。優しい声で、なんだか安心して、眠たくなってしまうようなお唄。なんて名前の曲なのか、わたくしも知らないの。聞いたことのなかったお唄だから」
「は?」
大きな方の小鳥さんは、ぽかんとしたお顔でわたくしを見詰めました。
「……それって、これのこと? です。♪~」
もう一人の小さな小鳥さんがハミングをして、メロディーを歌いました。
「ええ。そのお唄よ。わたくしは、そのお唄が聞きたかったの。歌ってくれる?」
微笑んだわたくしを、
「っ……こもりうたなら、おやさしいハハオヤにでもうたってもらえよっ!?」
小鳥さんが睨み付けました。けれど、
「こもりうたってなぁに? それは、お願いしたらお母様が歌ってくださるの? でも、残念だけどお母様は領地にいらっしゃるから、このお家にはいないの。今度お会いできるのは、社交シーズンだと思うから……今は無理だわ。ねぇ、こもりうたって、なぁに?」
わたくしの質問に、小鳥さん達は困ったように顔を見合わせました。
「……ほんとうに、こもりうたをしらない、ですか?」
「? ええ。有名なお唄なの? 知らないと、恥ずかしいのかしら?」
お勉強が足りないのかもしれないと、わたくしは思いました。高貴な女性は、流行に敏感でなくてはならないのだと教わっています。
こもりうたを知らなければ、叱責されてしまうのかしら? と。
「……たぶん。しらなくても、だいじょうぶ、だとおもう。です」
「あら、そうなの?」
「はい。こもりうた、しらないこ。ほかにもいる、です。……ねぇ、うたってあげて」
小さな小鳥さんが言うと、不機嫌な小鳥さんが溜め息を吐いて大きく息を吸い、その喉から歌声が響きました。
それは、安心するような、眠たくなるような、わたくしの魅せられた……優しくて美しい歌声。
「ありがとう、歌ってくれて嬉しいわ」
わたくしが笑顔でお礼をすると、小鳥さんは顔を赤らめてそっぽを向いてしまいました。
「別に……これが、ぉ……仕事だからなっ」
「そう、おしごと。です」
小さな小鳥さんも頷きます。
こうしてわたくしは、自分を慰めさせる為だけに小鳥さん達を手に入れたのです。
小鳥さん達のお陰で、わたくしの心は安らぎを得られました。
――――小鳥さん達へと、どんな犠牲を強いたのか知りもせずに――――
♩*。♫.°♪*。♬꙳♩*。♫
マナーの授業を兼ねた朝食を終えて一息入れ、
「こもりうたを歌ってくれるかしら?」
自室で、わたくしの侍女として仕えることになった小鳥さん達へとねだります。
「おじょーさまは、そればっかだな。つか、二度寝でもする気かよ? いいご身分だな」
顔を顰める小鳥さん。
「二度寝? それはとても素敵な提案ね。でも、残念ながら、これからお稽古よ。今は、その合間のちょっとした休憩なの」
「ほかのうたはいらない、です? こもりうたは、ねむれないこのためにうたう、うた。です」
ピアノの蓋を開けながら、小さな小鳥さんがたどたどしく言いました。
「? 寝ないの? どうして? 眠れる時間は限られているのだから、眠れるときにきちんと寝ておかないと、体調を崩してしまうわ」
わたくしの睡眠時間は決められていて、夜の時間が過ぎて起床時間になってしまえば、身体を休められる貴重な時間が無くなってしまう。それを逃せば、どんなに疲れていても、お稽古が終わるまでは休むことが許されない。
そんなことで体調を崩すのは自己管理がなっていないことだと、そのせいでお稽古ができなくて時間を無駄にするのか、と叱られてしまうもの。
「は? 赤ん坊とか、ぐずるだろうが。そういうときに歌うんだよ」
「ぐずるってなぁに?」
「・・・あんたって、ホントなんにも知らねぇンだな。ぐずるってのは、機嫌悪くして泣き喚くことだよ」
やれやれと、小鳥さんが教えてくれました。
「そう。あなたは、わたくしよりも物知りなのね。すごいわ」
小鳥さんを誉めると、顔が赤くなりました。ふふっ、可愛らしいわ。
「っ……あんたって、ホントへんな奴! 調子狂う」
「そう?」
それにしても、赤ちゃんってすごいのねぇ。不機嫌になって泣き喚けば、誰かがこもりうたを歌って泣き止ませてくれるだなんて、本当に羨ましいわ。
わたくしは、不機嫌を顔に出すことはいけないことだと叱られてしまうというのに。
感情を露わにするのははしたないことで、どんなに怒っていても、泣きたいときでも感情を抑え込んで、顔では優雅に微笑んでいなければならないのですって。
それができるようになって初めて、完璧な淑女と呼べるのだそうです。まぁ、そういう方はなかなか見られないので、とても難しいことのようですわ。
「あら、もうこんな時間なの?」
ふと時計を見ると、もう次のお稽古の時間が迫っていました。
「残念だけど、わたくしは次のお稽古の準備をしなくては。それじゃあ、また休憩のときに来るわ」
そう言い残して、自室を後にしました。
♩*。♫.°♪*。♬꙳♩*。♫
忙しく過ごす合間に小鳥さん達に唄をねだって、
「おじょーサマは仕方ないな」
「なんのうたがいいですか?」
と、可愛く応じるわたくしの小鳥さん達。
そうやって一緒に過ごして行くうち、小鳥さん達の言動は段々と洗練され、ちゃんとした侍女としての振る舞いも身に付いて行きました。
「お嬢さまは、無理し過ぎだと思います」
「うん。もっと、身体を大事にしてほしい、です」
少し頭痛がするだけで、こんなにも心配してくれる程に仲良くなりました。
「ふふっ、頭痛薬を飲んだからもう大丈夫よ。暫くすれば治まるわ。大袈裟ね」
「顔色がよくないのに」
「寝不足はよくないです」
「心配性なんだから」
口ではこう言いますが、実は心配してくれることをとても嬉しく思います。
打算も無く、素直にわたくしの心配をしてくれるのは、この可愛らしい小鳥さん達だけですもの。
両親も使用人も、友人達も、『わたくし自身』というよりは、王族の婚約者……『準王族としてのわたくし』の心配をしてくれますわ。
「今日はお城に行かなくてならないのよ」
「今日も、だと思いますが?」
「王子サマ……イヤ、です」
「もう、そんなこと言ってはいけないわ」
「・・・お嬢さまは、本当にあんなのとケッコンするのか?」
「ダメでしょう? もう……けど、そうよ。わたくしは、王族に嫁ぐ為に育てられたの。そうじゃないわたくしになんて、価値は無いわ」
王族に嫁ぐ為、幼少期より厳しい教育を受けさせられていたのです。幼い頃から、ずっとそう言い聞かされて来たのです。
これは決定事項で、余程のことがなければ覆ることは無いでしょう。
「そんなこと、ない!」
「お嬢さまは、素敵な人!」
キッとわたくしを睨み付けるように否定してくれる二対の眼差しに、なんだか嬉しくなる。
「ふふっ、ありがとう。わたくしの小鳥さん達はいつも可愛いわ」
よしよしと頭を撫でると、顔を赤くする小鳥さん達。
「っ!? それやめろって!」
「かわいい……♪」
「それじゃあ、行って来るわ。いい子でお留守番してるのよ?」
「あ、お嬢さま!」
と、小鳥さん達を残してお城へ向かう。
小鳥さん達がわたくしを慕ってくれて、心配してくれることは本当に嬉しい。
けれど、わたくしは知ってしまった。
小鳥さん達が、どのようにして我が家へ連れて来られたのかを。
二人の暮らしていた孤児院へお金を積み、あの二人を差し出せと迫ったことを。そうでなければ、援助を打ち切る、と脅したことを。
そして、二人は姉妹で……お互いにお互いを人質に取るようにして、逃げないようにと強く脅したということを。
屋敷に入るに当たり、孤児院とは比べ物にならない程の厳しい躾が施されたことを。
孤児院の出の幼い姉妹だからと、屋敷内のわたくしの見えないところで、小さな嫌がらせをずっと受け続けていたことを。
わたくしの我儘で、何年もそのような環境に置いてしまっているのだと。
それらのことを知っても……わたくしは、あなた達を手放すことなどできないのです。
ごめんなさい、小鳥さん達。こんな浅ましいわたくしを許してほしいとは言いません。ですが、どうか離れて行かないで……
いつか、わたくしが、あなた達を手放せるようになるまでは……
もう少し。あと少ししたら、ちゃんと浅ましいこの手を放すから。
どうか、それまでは――――
それから程なく、わたくしは王族の婚約者候補から、正式に第一王子殿下の婚約者へと決まった。
そして、わたくしと婚約したことで、第一王子殿下が王太子に一番近くなった。近々陛下から、その内定が出るかもしれない。
それでわたくしの教育に、益々熱が入ったというワケね。王子妃教育が、王太子妃教育に変わる日も近いだろう。
王族へ嫁ぐことが決定した今、これまで以上にわたくしは、誰にも弱みを見せられない。
もう、時間が迫って来ている。
体調管理もできないなど、わたくしには許されないことなの。
わたくしは大丈夫よ、大丈夫だから。
後で、ちゃんと……この手を、放すから――――
お城へ、殿下へ嫁ぐその前には――――
一人になっても、平気なように頑張るから。
だから、どうか――――それまでは、待っていて? わたくしの、・・・小鳥さん達。
♩*。♫.°♪*。♬꙳♩*。♫
第一王子殿下が王太子に内定したと思ったのだけど、なぜかその発表が先延ばしにされた。
不思議に思ったけれど、わたくしは王子妃教育が忙しく、婚約者である第一王子殿下と顔を合わせることが減っていることに、なにも疑問を抱かなかった。
多分わたくしは、第一王子殿下ご本人のことには、大して興味がなかったのでしょうね。いずれ結婚しなくてはいけない相手だとしか、思っていなかった。
だから――――
定期的に開かれる、公式なお茶会で第一王子殿下に、婚約を解消してほしいと言われても、その理由が『偶々出逢った平民のお嬢さんに恋をしたから』だと言われても、特になにも思わなかったのでしょう。
これから大変なことになる、という思考が真っ先に過りましたが。
それよりも……むしろ、これでやっと解放される! との思いの方が大きかった。
まぁ、わたくしの価値も見事に無くなってしまいましたが。
ああ、殿下の侍従がそっと席を外しました。きっと、陛下へ報告に行ったのでしょう。
とりあえず、この考え足らずの殿下へ忠告だけして、自分のこの先のことを考えましょうか。
それにしても殿下は、相変わらず察しが悪いですね。わたくしの言っていることを、額面通りに『愛玩動物』についての雑談だと思っているご様子。
これでは、殿下の恋したという平民のお嬢さんが不幸になるのは必至ではありませんか。
わたくしの、小鳥さん達みたいに……
本当に世話の焼ける方ですこと。
貴族社会という囲いの中は、柵が多いというのに。その中でも、お城という強固な檻に、なんの覚悟も知識も無い平民女性を入れて、囲ってしまわれるおつもりですか。
本当に、なにも考えていないのですね。
呆れますこと……あぁ、いえ。殿下は生まれたときより、その檻の中で雁字搦めにされて育って来た方なのですから、もしかしたらそれが当たり前過ぎて、その檻の強固さと、柵の多さにお気付きではないのかもしれませんね。
まぁ、殿下を縛っている、その雁字搦めの柵は……もうそろそろ緩むかもしれませんけれど。
そして王位継承権という柵が緩む代わりに、今度は別の・・・
けれど、もうわたくしが殿下を心配する必要はありませんね。
むしろ、わたくしは自分の身を案じるべきですわ。
「殿下の幸運をお祈りしておりますわ」
と、呆然とした様子の殿下の前から辞する。
城の中を速足で、けれど優雅に見えるように、表情を崩さないままで移動。
急いで馬車に乗り込み、屋敷まで走らせる。
さあ、これからは時間との勝負になるわ。
檻から出るには、足掻くのならば今しかない。
王族との婚約を解消されたわたくしは傷物。
それも、どこへも嫁ぐことのできない、両親にとっては価値が無くなってしまったただのお荷物。
修道院行きならば、まだマシな方でしょうね。
もし殿下ではない方へと嫁げたとしても、別の……問題のある方へ嫁がされてしまうか、最悪は『病気』にさせられて、この命さえも危ういかもしません。
そして、わたくしが不要になれば、わたくしの小鳥さん達もが不要となってしまう。
あの屋敷には、居られなくなってしまう。
殿下との婚姻が整ったら、小鳥さん達をわたくしから解放してあげるつもりだった。
こんな形で放り出すような真似なんて、絶対に駄目。そんなことはさせない。
ああ、早く家に着かないかしら。
急がせている筈の馬車の速度にももどかしく思い、けれどこれからのことを考える時間にしようと、思考を働かせます。
ガタガタと揺れていた馬車が止まったので、ドアを開けて飛び出し、屋敷の中へ、自室へと急ぎます。
「お嬢さま、どうしたですか?」
「王子サマとのお茶会は?」
小鳥さん達が驚いた顔で、部屋に飛び込んだわたくしを見詰めます。
「急いでいるので手短に話します。わたくしは、婚約解消されました」
「え?」
「はあっ!? なんだよそれっ!?」
「しっ、静かに」
声を上げる小鳥さん達に鋭く注意すると、二人は真剣な顔で頷いてくれました。
「殿下との婚約が解消されたわたくしには、もうこれまでの価値がありません」
「そんなことないっ!?」
「静かに、と言った筈です」
「っ・・・」
顔を歪めて口を閉じる小鳥さん。
「なので、わたくしは逃げることにしました」
「「っ!?」」
「直ぐにこの屋敷を出ます。付いて来て、もらえるかしら?」
それから、黙ってこくこくと頷いてくれた小鳥さん達と大急ぎで荷物をまとめ上げ、三人だけで傷心旅行へと向かうことにしました。
王子妃教育で培った地理と諸外国の情報を精査し、今から最短で向かえる外国を目指して移動。
袖の下とお嬢様の我儘とをごり押しし、外国へ向かう船に乗ることができました。
「・・・これからどうすんだよ? お嬢さま」
「外国行く、ですか?」
不安そうな顔で小鳥さん達がわたくしを見上げます。
「そうねぇ・・・とりあえずは、着いた先の国で国籍を取得しましょうか」
「国籍を取ったらどうするんだ?」
国籍を取得して、それから・・・
「お別れ、しましょう」
もう、手を放さなきゃ。
「は?」
「お嬢、さま?」
「今まで一緒にいてくれてありがとう。二人には、とても感謝しているわ。でも、ほら? こうして出奔してしまったから、わたくしはもう貴族令嬢ではないでしょう? だから、もういいの」
わたくしの傍にいてくれなくても。
「なに、を」
「もう、わたくしから解放してあげるわ。長い間、ごめんなさいね」
わたくしの言葉に、目を見開く小鳥さん達。
「わたし達を捨てるのかっ!?」
「わたし達は要らない、ですか?」
「いいえ。あなた達に、わたくしが必要無いの」
長い間、わたくしが縛り付け、その自由を奪ってしまった可愛い可愛い小鳥さん達。
いつもいつも追い詰められて、ギリギリの精神状態だった幼いわたくしに子守唄を歌ってくれて、安らぎを教えてくれて、つんとした態度を取りながも、わたくしのことを心配してくれた小鳥さん達。
あなた達二人がいなかったら、わたくしはとうの昔に潰れてしまっていたことでしょう。
これまで、わたくしの心を守ってくれてありがとう。愛しているわ、小鳥さん達。
愛しているの。愛して、いるから・・・
だから、どうかもう・・・
「わたくしから、自由になって?」
「・・・本当に、自由にしていいんだな?」
じっと、わたくしを見据える小鳥さん。
「ええ。その、国籍を取得するまでは一緒にいてもらうことになるけれど・・・それまでは、我慢してちょうだいね? その後は、ちゃんと手を放すから」
「ったくもうっ!? この、手の掛かるアホアホお嬢さまはっ!?」
「へ?」
「アンタはっ、わたしが歌わないと情緒不安定で夜も眠れないだろうがっ!?」
「そ、それは・・・」
「わたしがお手伝いしないと、お着替えもできない、です」
「ぅ……そ、それは、その、ドレスだったからです。もっと簡単なお洋服なら、ちゃんと自分で着替えられるもの」
「買い物は? 食事の用意は? 掃除や洗濯は?」
「え? え~と?」
「どれも全部、やったことなんかねぇだろ? アンタは生粋のお嬢さまだからな。そんなアンタが、一人で生きて行けんのか?」
ふん、とわたくしを鼻で笑う小鳥さん。
「ど、どうにかしますわ」
「そうかよ? で、アンタは独りになって、わたし達に自由をくれるってワケ?」
「ええ。あなた達二人の自由は、保障します。少ないですが、お金も持たせます」
「それなら、今まで通り面倒見てやるよ。な?」
「うん」
二人して顔を見合わせる小鳥さん達。
「え? あの?」
「自由にしていいってんなら、そうさせてもらう。文句は言わせねぇ。大体な、一人でなんっにもできねぇ上、わたしが歌わねぇといつまでも眠れない、そんな手の掛かるアンタを一人になんかできっかよ?」
「そんな、わ、わたくしだって頑張れば、どうにか……それに、一人だって、あなたの子守唄が無くったって眠れるようになります!」
そうじゃないと、いけないの。
「あーも-ウルサいなっ! わたしがっ……いや、俺がアンタを放っとけないんだよ! いいから黙って俺の傍にいろ! アンタとコイツの二人くらい、俺が面倒見てやるから!」
「え?」
「つか、そろそろ女装もキツくなって来てたし、あのままあの屋敷にいたら、声の維持の為、危うく男をやめさせられるとこだったからな。どうにか飯の量減らして成長遅くしてたけど、もうそれも限界だったんだ」
「??」
「お兄ちゃんは、大変だった。凄く頑張ってた」
「おう。そんな涙ぐましい努力も、全部アンタの傍にいる為だったんだが・・・それももう、必要無ぇ。身長だって直ぐに追い抜いてやる。せいぜい覚悟してろよ?」
低い声でニヤリと笑った小鳥さんが、わたくしへ顔を近付け・・・
「なぁ、お嬢さま」
「っ!?」
ふっ、と柔らかい熱がわたくしの唇を掠めました。
「王子サマが、他の連中が要らねぇってんなら、俺がアンタを貰ってやる」
こうしてわたくしは、妹のように可愛がっていた小鳥さんに貰われることになってしまいました。
まさか、わたくしの小鳥さんが、男の子だったなんて・・・全く知りませんでしたし、思ってもみませんでしたわっ!?
読んでくださり、ありがとうございました。
『お城で愛玩動物を飼う方法』で、王子に滔々と忠告をしていた令嬢の話です。
あちらは読む人によっては胸くそでダーク、メリバ風味で終わりましたが、こっちは男前な小鳥さんのお陰でハピエン風味になりました。
令嬢がどんな忠告をしたのかは、タイトルの上の『シリアス系な短編』のリンクから飛べます。
ブックマーク、評価ありがとうございます♪
感想を頂けるのでしたら、お手柔らかにお願いします。