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事件簿02-3 これだから俺様キャラは

 翌日、いつもヒロインと攻略対象にしか関心がないローラには珍しく、Sクラスの教室でおろおろする黒髪の令嬢の姿を目で追っていた。


 もちろん今は腰まで届く赤毛を結わずに下ろし、取り澄ました表情の「辺境伯令嬢ローレイン・アルマ」状態なので、シルヴィアにもあの探偵令嬢だとは気づかれていない。


(それにしてもまどろっこしいなあ……!)


 ローラは心の中で思い切り舌打ちをする。


 それもそのはず、昨日助言をしてやったというのにシルヴィアが物怖じして一向に行動しないのだ。


 午前中はヴァネッサ・リリーをちらちらと見て終わり、午後になってやっと話し掛けたかと思えば、そのあとはがっくりと項垂れて使い物にならない。


(フリードリヒのところにあっても諦めるなってちゃんと言っておいたじゃないの!)


 あのお人好しなヴァネッサが動かないところを見ると、もう手元にないと言われてすぐに引き下がったのだろう。


(……て、ヒロイン! 人のものを勝手に他人にやってしまって、罪悪感とかはないわけ!?!?)


 ヴァネッサは今日も輝くばかりの曇りなき笑顔を振りまいている。


(バグかな!? 情緒にバグが生じている!?!?)


 ヴァネッサの笑顔とは対照的に、ローラの心は荒れ模様だ。


 ハンカチを持っているであろうフリードリヒ――ヒロインがきちんと好感度を稼いでいることを考えると、あのハンカチを肌身離さず持っていると踏んでいる――が、帰り支度を始めている。


 あともう少しで帰ってしまう! あ、立ち上がった。あ、廊下に出た。


 今しかないよ! 行けよ! 取り返せよおお! と念じていると、やっとシルヴィアが立ち上がった。


 ローラも「いかにも今帰ろうとしていたの」という表情で同時に席を立つ。フリードリヒを追うシルヴィアについていくと、あともう少しで玄関ホールを出てしまうすんでのところで彼女がフリードリヒを呼び止めた。


「あの! フリードリヒ様……」


 フリードリヒが怪訝な顔で振り返る。顔面蒼白なシルヴィアを認めると、不愛想に「なんだ?」と言った。


「ひっ。えっと、その」


 もじもじと何も言わないシルヴィアに、今すぐ張り倒してやりたいと苛立つローラ。今はホールの柱にへばりつき、息を殺して見守っている。


(宝物のためでしょう!? はっきりしなよ!!!)


 ぎりりと歯を食いしばっていると、何も言わないシルヴィアに痺れを切らしてフリードリヒがその場を去ろうとしてしまう。


 きっと告白か何かだと勘違いし、好みじゃないからとっとと退散しようとしている。


(うう。あいつ、はっきり物を言うタイプの子が好きなのよ)


 フリードリヒルートを周回し、何度も選択肢を選んできたからやつの好みは熟知している。とにかくガンガンぶち当たって、「面白れえ女」と思わせないといけない典型的な俺様タイプなのだ。


 そうこうしているうちに、フリードリヒは玄関を出てしまうし、シルヴィアはとぼとぼと背を向けて立ち去ろうとしている。


 ローラには、久々に選択肢が見えた気がした。


『フリードリヒを追いかけて、ハンカチを取り返す』

『そのまま立ち去って、知らないふりをする』


「もおおおおお!!!」


 どうしてこうなった。気に入らないのに、シルヴィアのことは何だか気に入らないのに。なのにどうしてここまでしないといけないんだ。


(いやいや、相談料のパフェを奢ってもらっちゃったから。仕方なくだよ仕方なく!!)


 ローラはぶんぶんと乱暴に頭を振ってから、フリードリヒの後を追って駆け出した。



 ***



「フリードリヒ様、よろしいでしょうか」


 ローラが声を掛けると、青髪の青年はまたかと億劫そうに振り返った。ただし、相手がローラだとわかると、先ほどとは違い少し驚いた表情を浮かべた。


「なんだ? 俺に用か? ローレインから声を掛けてくるなんて珍しい」


「いいえ。あなたではなく、あなたがお持ちのハンカチに用がありますの」


 単刀直入に言い放つ。だってフリードリヒ相手にはこちらの方が好感度を稼げるはずだから。


 案の定、素直な物言いに興味を持ったようで、向こうから「ハンカチがどうしたんだ?」と話の続きを促してくる。


(フリードリヒを攻略して十数回。腕の見せ所ってこのことね)


「フリードリヒ様がヴァネッサさんから受け取ったハンカチですけれど、取り違えが起こっていてヴァネッサさんのものではないのです。元々の持ち主が返してほしいと言っていますので、私にお渡しになって」


 めったに使わない令嬢ぶった話し方で、細心の注意を払ってそう言う。


「あー、これか?」


 そう言って取り出したハンカチには、まさしくスミレの刺繍が施されていた。


「それよ!」


「……じゃあ、元の持ち主に自分で取りに来いって言っておけよ」


 あろうことか、フリードリヒはにやりと笑ってハンカチを再びしまいこんだ。


(くっ、この俺様め……)


 ローラの胸にふつふつと怒りが湧いてくる。


 昨日のレイモンドといい、こいつといい。見ていると腹が立ってくる。特にシルヴィアに腕を貸すレイモンドの姿を思い出し、ローラの怒りは沸点を超えた。


「は? 何面白がってんの? 人が困っているのを喜ぶようじゃ、人を助ける騎士になんてなれっこないじゃん。さっさと返すか、返さないなら騎士になるのをやめてしまえ!!!」


(俺様キャラが素敵なのは二次元だけ、現実にいたらすっごくムカつく!!)


 叫んで暴れてやりたいほどの苛立ちを何とか押し殺す。

 ただし視線にはたっぷり怒りを込めて目の前の青年を睨みつけると呆気に取られて立ちすくんでいる。


「……か、返すよ」


 自信満々だった先ほどの様子とは一転して、素直に渡してくるのは何故だろう。いや、もはやそんなことはどうでもいい。


 ローラはハンカチをひったくると、ぷりぷりとご機嫌斜めで立ち去った。


 赤毛の令嬢の後ろ姿に向かって、フリードリヒが何かぼそりと呟いたことになど、少しも気づかなかった。


 ローラは教室に戻ると、シルヴィアの席目がけて突進した。


 先ほど取り返したばかりのハンカチをシルヴィアの机に叩きつけると、くるりと身を翻して教室を出てしまう。


「「「「「え???」」」」」


 その場にいたSクラスの生徒は茫然としてローラを見送った。いつも物静かな、なおかつ国内屈指の身分を誇る令嬢が取った予想外の行動に、完全に空気が凍り付いている。


 だが、とりわけ困惑したのはシルヴィアだろう。


 自分の不甲斐なさを嘆いて俯いていると、普段おいそれと話し掛けることもできないアルマ辺境伯令嬢が近づいてきて、何かをバシリと置いていったのだ。


 しかもその令嬢が置いていったものが、大切な宝物のハンカチだった。


「な、なんで」


 何故アルマ嬢はこれを持っていたのだろう。事情を知っているのは……。


 ……赤毛を無造作な三つ編みに結った「窓際の探偵令嬢」だ。


「え? アルマ様とローラ様って。 ええ?」


 ローラ、ローラ、ローレイン。ローレイン・アルマ辺境伯令嬢。


 わかったような、わからないような。


 だってローラの顔は、本の山に埋もれてろくに確認できていないのだから。


 でも、もしあの探偵令嬢だったとしたら……


 喫茶店ではとても不愛想で、つい怯えてしまうような鋭い視線を送ってきたが、結局相談に乗ってくれたし、シルヴィアを送ってやれとまで言ってくれたローラ。


 そして今、自分が諦めかけていたハンカチを取り返してくれたのだとしたら……


「素敵……」


 なんて格好いいのだろう。なんて優しいのだろう。皆が素敵だと騒ぐヴァネッサ・リリーなんかより、ずっとずっと素敵ではないか。


 大混乱の教室で、ひとり微笑むシルヴィアだった。


レイモンドはこの日何度もくしゃみをしました。

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