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事件簿01-4 ピンクとクッキーと、ときどき赤毛

 クリージェント学園ご自慢の庭園の一角にあるベンチに、鮮やかな金髪の美青年と、ピンクのボブヘアーの可愛らしい女子生徒が腰かけている。


 ガサ……ガサガサ……。


 そしてそのすぐ後ろの生垣の隙間からは、わずかに艶やかな赤毛が覗く。緩やかなウェーブがかかった髪が、ひとりの女子生徒の優美に背中に流れている……


 ……のだが、何故だかその女子生徒は地面に這いつくばっていた。


(もうちょっと近づいたらバレるかな……? うーん……)


 ローラは目の前に見えるふたりから見えなくて、なおかつ会話が一番よく聞こえるポジションを探して、じわりじわりと生垣の裏をうごめいている。正直めちゃくちゃ滑稽な格好だ。


 それでも! それでも絶対にこのシーンだけは見逃せない……!


 ベンチに座る片方が口を開く。


「悪いけれど……ひとりにしてくれないか?」


(キタキタァア!!)


 それはこの国の王子、ライオネル・クリージェント。爽やかで紳士的な正統派イケメンで、いずれ引き継ぐ王位の重圧に悩んでいる。


(ヒロインには最初からとても親切なんだけど、悩みはなかなか打ち明けてくれないんだよねえ……。その距離感がまた攻略したくなるというか)


 うへへっとローラが笑う。


 生垣に半ば顔面を突っ込みながら、辺境伯令嬢としてあり得ない口の開き方をしているせいで、口の中に葉っぱが入ってくるがローラは夢中で気付いていない。


「でも、とっても疲れているみたいだから。ほっとけないよ……」


 この世界の「ヒロイン」、ヴァネッサ・リリーがライオネルの顔を心配そうにのぞき込み、上目遣いで見上げる。可愛い。いやめちゃくちゃ可愛い。


 ピンクの髪に淡い水色の目。小柄で可愛らしく「笑顔だけが取り柄だもの!」と、どんなに辛くても笑顔を絶やさないヒロイン、ヴァネッサ。


 彼女は貧しい平民だったのだが、ある日ひょんなことから光魔法の使い手であることを見出され、特待生としてこの学園に入学した。


(うふふ、実はヒロインが見出されるシーンにも、ちょっと関わっているんだよねえ)


 イベントをできる限り拾っていく。まさにオタクの鑑である。


 ヴァネッサとライオネルが無言で見つめ合う。


 嘘くさい微笑みを貼り付けたライオネルが先に降参し、ふっと表情を緩めて暗い顔になる。


「……何故だろう? 君には素直に話してしまいそうだ」


「誰かに話した方が、少しは楽になると思います。そ、それに私。Sクラスで浮いちゃってて、気軽に話せる友達がいないから秘密を洩らしようがないですし」


 ヴァネッサが両手をぱたぱたと振り、自虐気味にへらりと笑う。そのわざとらしく滑稽な様子に、思わずこちらも笑ってしまう。


 それはライオネルも同じだったようで、心なしか口元を綻ばせながらぼそりぼそりと話し始めた。


「……」


 話を聞き終えて、思わず黙り込んでしまうヴァネッサ。


(『ライオネル様に比べて、私はなんて能天気だったのかしら』って思っているね!? で、明日何か元気の出るもの、例えばクッキーを焼いて持ってきてあげようと思いつく。次の台詞は『明日もまたここで会えませんか』よ!)


「あの! ライオネル殿下」


「なんだろう? リリー嬢」


「明日もまたここに……ここで会えませんか!?」


 ローラは生垣に埋もれながらうんうんと頷く。頷くたびにもっとめり込んでいくことには気づいていない。上半身が生垣に突き刺さっている。


「……まあ、気が向けば」


「明日、元気になるものを持ってきますから! 絶対ですよ!」


 ヴァネッサはそれだけ言うと、ぽっと頬をピンクに染めて俯いた。その姿を見つめるライオネルの表情は、とんでもなく甘い。


 ざっと風が吹き抜け、ふたりの髪が揺れ動く。木漏れ日が降り注ぐ姿がなんと絵になることか。


(はあああああ! スチル!! スチルと同じシーンだあああ!)


 ローラは心のカメラで狂ったようにシャッターを切りまくる。


 ……あ、鼻血出るかも。


 興奮のあまりとんでもない状況に追い込まれたローラがちょっと目を離した隙に、ヴァネッサが恥じらいその場から駆け去る。


 こうしてはいられない。ずぼりと生垣から上半身を引っこ抜くと、ローラは鼻を押さえてヒロインを追跡した。



 ***



「はああ、なんてこと言っちゃったんだろう……」


 ヴァネッサ・リリーは嘆息する。


 ライオネルと目が合って、信じられないくらい胸が高鳴った。そのままでいると口から心臓が飛び出してしまいそうで、駆け出した結果今いるのが花壇だった。色とりどりの花が丁寧に手入れされて植えられている。


「お菓子に光魔法をちょっとだけ込めると食べた人に元気を分けてあげられるから、ライオネル殿下にも作ってあげたいな」


 ――クッキーがいいな


「確かに。クッキーがいいかも」


 そう言いつつも、ヴァネッサはうーんと小首を傾げる。その顔にはありありと「困った」と書いてある。


「でも、材料がないから困ったわ。あんなこと言っちゃったけど、作るにも買うにもお金がないんだもの。諦めるしかないかしら」


 ――厨房に材料があるじゃん


「でも厨房を使えるかしら? そもそも放課後は鍵が開いていないし、やっぱり諦めるしか……」


 ――足元を見て


「足元。……!! これって厨房の鍵!?!?」


 ヴァネッサが花壇の隅の、ちょうど自分の足元を見てみると、どこかしらが開くに違いない鍵が転がっていた。なんて都合がいいのだろう。


 あれ? なんでこれが厨房の鍵だってわかるんだっけ? 若干の違和感を持ちながらも、思わず拾い上げてしまう。


 ――忍び込むなんて本当はダメだけれど、ライオネルのためだもんね


「……そうよ、その通り。ていうか、さっきから何なの!?」


 きょろきょろと周りを見回しても、人っ子ひとりいない。

 誰かと会話をした気もするのだけれど、思い違いか?


「まあいいや。今日の晩に忍び込んでみましょう……」


 先ほどから動揺させられっぱなしのヴァネッサには、俊敏に駆け去る赤毛の令嬢の姿は目に入っていない。


 そのあと数日かけて、とある事務員だけが規則正しく戸締りをすることに気づいたヴァネッサは、その事務員が当番の日を狙って厨房に侵入することになる。


 光魔法と恋心をちょっぴり込めたクッキーをライオネルに渡せば、ふたりの距離は一段と縮まることだろう。


 そんな甘い予感を胸に、ローラはこっそりガッツポーズをした。



 ***



 それから数カ月後。雪がしとしと降り続くあの日に話は戻る。


 レイモンドはオークのドアを開け、脇目もふらずにぐいぐい真っすぐ喫茶店内を闊歩すると、とある窓際席まできて立ち止まる。


「やあローラ。こちらはエリックさん。うちの学園の事務員で、今回の依頼主だよ」


 ストレスだろうか、なんだかやつれた男性がぺこりと頭を下げる。


「また依頼? 別にいいけど。ふたりとも座ってよ。あと、相談に乗る代わりにケーキを奢ってよね。えーっと今日はどれにしようかな……」


 早くしてくれよと急かすレイモンドを尻目に、ぺらぺらのんびりとメニューを捲るローラ。彼女が全ての真相を見通しにんまりと微笑むまで、あと数分。

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