事件簿06-2 ローラと初見ルート
クリージェント魔法学園に随分早く戻ってきてしまった。いつもより明るい空の下、ローラはずんずんと校門をくぐる。
「いつもなら門限ギリギリまで喫茶店にいるのに」
とはいえ最近は、レイモンドと連れ立って帰り道を歩くのが常になっていた。余裕をもって店を出ようと誘う真面目なレイモンドせいで、ちょっと早く帰り着いている。
レイモンドの行方を尋ねるのは明日にしようか。今日は何だかとても疲れた。
「うーん、でも、明日クラスに乗り込んだらすごく目立つよね?」
きっと放課後に残ってまで自習している大人しそうな子を捕まえたほうが、精神衛生上よろしい気がする。
というか、日中に訪ねてあれこれ聞かれ、無駄に捕まるようなことだけは避けたい。
「あー、もう! 今すぐ行っちゃえばいいんでしょ! それでクラスに誰もいなければ残念でしたってことで諦めよ? ねっ!!!」
あいつ、たしかBクラスだったな。ぶつぶつと恨みがましく呟きながら、そのまま通いなれたSクラスや学生寮とは全く別方向の、レイモンドのクラスへと足を向けた。
レイモンドの所属するBクラスは、クリージェント魔法学園に通う貴族の中でも男爵家くらいの身分の者が多く、仕事柄高位貴族よりは平民に親しみがあるといった層が集まっている。
廊下を進むにつれて、ローラと同じ学年を示す緑色のネクタイに、エメラルドのあしらわれたタイピンを付けた生徒と多くすれ違う。なかなか寮に戻らず廊下で話し込んでいたり、空き教室でだべっていたり、なんだか前世の高校生活を彷彿とさせる。
もしかしたら、慣れ親しんだ雰囲気のこちらのクラスに所属したほうが、幾分学園生活が楽しかったのでは。そんな気楽な調子で歩いていられたのは最初の数歩で、ローラははたと大切なことを思い出した。
「そういえば、探偵令嬢だのなんだのって噂が広がっていたんだった。ちゃんとして行かないと正体は誰だとか騒がれたらまずいな……」
着崩した制服、ゆるくまとめた三つ編みのおさげ。このままで乗り込んだら噂の『窓際の探偵令嬢』そのままではないか。
ローラはいそいそとおさげ髪をほどいてなでつけ、制服のボタンを留めてネクタイを結び直す。ダイヤモンドの輝くユリ型のタイピンをよいしょと取り出しとめつければ、辺境伯令嬢ローレイン・アルマの出来上がりだ。
ローラは何気なく左手首をさする。つい最近までお気に入りのブレスレットが収まっていた場所には今や何もなく、少し寂しい気がする。
(きっとあの魔獣とやり合ったときに、ブレスレットが身代わりになってくれたんだろうな)
つまり最初の一発は、本来なら即死攻撃。
これもゲームだったらという発想なので、現実には失くしただけかもしれないが。
でも、あのあと気になって、落としたと思しき草むらを探しても、欠片さえ出てこなかった。やはりローラには、あれが身代わりになってくれたのだと思えてならない。
「超レアアイテムだったのになあ。どこで買えるのか聞こっと」
レイモンドがくれた例のブレスレットは、『どのユリ』ゲーム内での超レアアイテムとそっくりなだけでなく、なぜか見たことのないパターンの、なんとなく親しみの湧く配色だったのだ。
ライオネルやフリードリヒカラーのものを代わりにやる。昔ならそれで充分満足したのかもしれない。でも、今は嫌だ。だってあれはレイモンドがくれた大切な……。
(……?)
なんだその発想は。急に頭上にハテナが浮かぶ。
「も~、面倒くさいなあ!」
ハテナをタップすれば情報が読める、なんてこともない。わからなければそれで終わりなのが現実というものだ。誰に対しての苦情なのか。ローラにだってわからない。そんな思いを抱えながら、カツカツと廊下を歩いていく。
この時間まで学園に残っていた生徒たちが、ふわりとゆれる豊かな赤毛とすれ違うたびに、羨ましそうに立ち止まって眺める。
「あれってアルマ辺境伯家の?」
「わあ、高貴な雰囲気ってああいうことね」
「へえ、いけてる」
Sクラスでは感じることのないあけすけな雰囲気がローラを包む。
(うわ、思ったより目立つな)
いくつかの教室を通り過ぎて、Bクラスの扉の前に立つ。心臓を打つ速さがすこし増した気がする。それもそのはず、攻略キャラのいるSクラスには、ゲームと今の生活含めて何度も出入りしているが……
「あの、Bクラスに出入りするの、生まれて初めてなんだけど!?」
……初めてのことでとんでもなく緊張する。なんだこれは、どうしてこんな目に。どんなに周回してもBクラスに出向くルートなんかなかった。誰のせいだ、レイモンドか。よしレイモンド、覚えていろ。
「も~、レイモンドのせいでめちゃくちゃ面倒くさいじゃん」
「レイモンドに御用なんですか!?」
ワッっと歓声が上がったのに驚いて、ローラがキョロキョロとあたりを見回すと、気づかないうちに、周りをBクラスの生徒数名に囲まれていたようだ。
Bクラスの窓からも、色とりどりの頭がこちらを興味深げに覗いている。
予想外の状況に、内心「え!?」と飛び上がったのは許してほしい。驚きながらも、かろうじて令嬢フェイスを貼り付けた顔で、ローラは冷静に応対をする。
「え、ええそうよ。いらっしゃるかしら?」
ローラが動揺を押し殺して優しく問えば、聞いてきた当の本人はなぜか呆けた顔でこちらを見つめ返してくる。穴があくとは言わないが、そんなに見ている暇があるのならレイモンドの居場所を教えてほしい。
困り果てて黙っていると、見るからにおしゃべり好きそうな女子生徒たちが、「なんでなんで!? レイモンドがなんでアルマ様と知り合いなの!?」と騒ぎながら話しかけてきた。
「レイモンドってえ、病気だったっけ。とにかく実家の屋敷に帰っているらしくって」
「そうなんですよお~。先週から実家、といっても王都の屋敷なので学園の近所なんですけど、そっちに帰ったきりで戻っていなくて。さすがに連休明けには戻ってくると思うんですけど」
「はあ、病気ですか」
(レイモンドって病気とかにかかるのね……?)
風邪をひいても笑ってそうなタイプだなと、昔レイモンドに直接言ってやった気がする。それほどとことん極めたお人好しだ。そんなことを思いながらローラが不思議そうに首を傾げると、女子生徒たちが「わあ」「気品が違う」などと騒ぎ立て始める。
クラスの中にいる生徒たちも、窓越しにこちらを興味津々といった面持ちで視線を投げかけているのがわかる。
(レイモンドが実家に帰るレベルの病気、あれ? あいつ本当に死ぬ?)
そんな不穏な考えを抱いて、たまたま目の前にいた男子生徒をぼんやりと眺めてみると、彼は頬を赤らめてもぞもぞと身じろぎをする。
「では、あー、あなた。レイモンドのお屋敷の場所を教えてくださる?」
「は、はい! ええと、あの」
そう声をかけると男子生徒は弾かれたように返事をする。元気がいいのは認めてやろう。
彼は親切にもノートに場所を書き、ちぎって寄越してくれる。ノートしかなくて申し訳ないだのなんだのと、いろいろと言い訳をしているようだが、ローラの視線はすでにそのメモだけに向けられていた。
「わかりました。どうもありがとうございました」
ふっと覚悟を決めたように、ローラはそれだけ告げてくるりとBクラスに背を向ける。動きに合わせてさらりとゆれる赤毛を見つめ、周囲からほうと息が漏れた。
そんなことを知ってか知らずか、ローラはその場を急ぎ足で離れながらぐっと手の中のメモを握り締める。先ほどから、胸の鼓動が少し早くなったまま戻らない。
(きっと病気をしている人間が心配なだけ。レイモンドだからってわけじゃない)
正常だ普通だいつも通りだ。それを確かめたいのに、こんなときに限って肝心な相手が、いつもみたいに向かいに押しかけてこない。
「ああ、もう仕方がない!! 初見ルートは、とりあえずぶち当たるしかないってこと!!!」
大切な友人が重い病かもしれないから見舞いにいくだとか、心配だから早く様子を知りたいだとか、断じてそういうわけではない。これは新ルートの攻略活動だ。この世界をずっともっと楽しむための周回だ。
言い訳ならばいくらでも出てくる。けれども全部言い訳だとわかってもいる。
クリージェント魔法学園の校門には、寮に向かう令嬢子息を運ぶための馬車が数多控えていた。学園からつけられた自分専用の馬車を使う生徒もいれば、生徒同士の乗合馬車を使う生徒もいるため、いつも誰かの馬車がそこに待っているような状態だ。
先ほど通ったばかりの校門を出て、寮に戻るふりをして馬車を呼ぶ。Sクラスの生徒が利用する、立派な二頭立ての馬車が目の前にやってきた。
事前に外出届を出さず、学園外に出るのはご法度だが、アルマ辺境伯令嬢の願いであればきっと大丈夫。学友の屋敷に乗り付けるくらいは可能だろう。
ふっとフィリアデレーナの顔が脳裏に浮かぶ。真面目な彼女にバレたなら、学園を抜け出すために権力を使えとは言っていないと叱られるだろうか。それとも優しい彼女のことだ。怒ったふりをしながらも、よくできましたと笑うだろうか。
「名ばかりでもちゃあんと家柄を使わせていただきますよっと」
馬車の中に急いで自分の身体を押し込む。
久々の初見ルートをプレイするのだから、こうも足がはやるのだ。
そんな思いを抱えながら、転生令嬢は焦慮する。
レイモンドが気になる子ってことは認めたくない乙女心(?)
次回更新は2月24日(金)18時を予定しております。よろしければ読みにきてください!
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