事件簿06-1 レイモンド失踪事件
「辺境伯令嬢なの!?」
必死に問いかけるレイモンドの顔が、徐々に土気色に変色していく。ああ、先ほどまで寝転がっていた地面の色に似ているななんてぼんやりと考えながら、ようやくローラは現状に思いいたる。
「ああ、レイモンドにははっきり言ってなかったっけ? うん、うちアルマ辺境伯家」
たしかレイモンドには、さんざんうちの経営不振っぷりを愚痴っていたはずなのだが。いや、あれこれ教えてはいたが、はっきりどこそこの家出身ですとは教えてはいない。
学生寮を抜け出して、こんなところで油を売り続けているのだ。正直に身分を明かすほうが愚かというものだろう。過去の自分、賢い。
……まあ、レイモンドは最初からフルネームを名乗っていたのだけど。
「ええええ!? ってことは、さささささ、三大名家のアルマ辺境伯家ってことか??」
「はあ、さっきからそう言ってるじゃん」
だからそう言ってるじゃないとローラはぐるりと目を回す。そんなに騒ぐことだろうか。これまで気楽に話していた相手の苗字がわかったからといって、相手の態度まで変わると言うわけではないだろう。
はっきり言って、大貴族とはいえども私はかなり話しやすいほうだと思うのだけど?
「え? もしかして身分がどうとか言わないよね? 今まで散々気楽にやってきたんだから、これからもそのままでいこうよ」
「ああ、まあ。ああ……」
ローラが一応気を遣って声をかけてみても、レイモンドは溺れる魚のように口をぱくぱくとするばかりで、何だか釈然としない。
どうしたものかと馬車の隅を見やれば、先ほどから茫然自失として、もはやセミの抜け殻のような体たらくのヴァネッサが座席の上に乗っかっている。
(ええ、面倒くさあ……)
頭を抱えてもいい? そんな気持ちを押し殺そうと、ぼんやり窓の外を見てみる。馬車は順調に市街地を走り、茶色や灰色のレンガ造りで、小さな建物ががやがやと押し込められた庶民街を抜ける。
そこから白や赤や青の壮麗な石造りの建物が立ち並ぶ一角にたどり着く。もうすぐクリージェント魔法学園の校門が見えてくるだろう。
今日は疲れた。だからみんなこんな調子なんだ。うんうん。
そう自分を納得させ、目の前の溺れる魚とセミの抜け殻を無視することに決めれば、少しすっきりした気持ちになった。
学園に帰り着いてからは、一足先に戻っていたフィリアデレーナが寄越した侍女に取り囲まれ、さっさと寮の自室に連行されてしまう。
「ローラ、あの」
「どうかした?」
侍女に取り囲まれるさなかに、背中に向かって呼びかけてきたレイモンドのほうを振り返る。やっとまともに口をきく気になったのか。そう思って待ってみるも、すぐにふいと顔を背けてしまった。
「大丈夫?」
「いや……、今日はありがとう。おやすみ」
何か言いたげな顔をしているレイモンドではあるが、その声はとても優しい。結局は馬鹿みたいに優しいレイモンド、きっといつも通りだ。
……まあ、何かあるのだとしても、明日いつもの窓際席で話を聞けばいいだろう。
ローラはひらりと手だけ振って、そのまま自室に連行されていった。
***
もうすぐ春が訪れようかという穏やかな日差しのなか、商人や職人たちが思い思いに先を急ぐ活気のある市場。
ここに何度も来ていれば、メインストリートからひとつ外れた路地――昔からある小ぎれいな帽子屋の角を曲がったところ――に、オークの分厚いドアがあることを知っているだろう。
そのオークの重厚なドアが、今日はドタンと派手に開く。
「はあ~!? 意味わかんないんだけど!?」
突然大声で踊り込んできた少女に、周囲の客がびくりと反応する。だがすぐにその声の主が、この喫茶店の常連で「窓際の探偵令嬢」ともてはやされる赤毛の女子生徒だと気づくと、まあ特に害もないだろうと、さっさと視線を戻してしまう。
「いや~ん、なになに? どうしたの?」
ビール樽が腕についていますかと聞きたくなるような、立派に鍛え上げたボディビルダーのようなマスターが、愛くるしいピンクの花柄エプロンをはためかせながら、手早く窓際席にお冷を並べる。
「いや、うーん」
話すか話すまいか、一瞬迷いはするものの、あれほど大声で叫んでしまっては隠しようがない。観念してローラは話し始めた。
「これは友達の話なんだけど……」
「嘘ぉ、本当に友達? それって自分の話だってのが碇石……」
「いやごめん、私友達いなかったわ嘘ついた。同級生の話なんだけど」
「あ、はい」
マスターが急に真顔になった気がしたけれど、たぶん見間違いだと思う。
「同級生をいきなりぱったり見かけなくなったら、確認しにいったほうがいいのかなって迷っていて」
「それレイモンドちゃんの話ぃ?」
当然のように確定するのをやめてほしい。そう非難がましい目を向けるが、マスターはバキュンとウィンクをして交わしてくる。可愛い。素直に負けを認めて言葉を紡ぐ。
「レイモンド、もしかしたらあいつ死んでるんじゃないのってくらいここでも学園でも見かけないんだよね。毎日自分の席はここですって調子で私の前に座っているくせに、どういうこと??」
今しがたマスターが運んでくれたほろ苦い珈琲を口に運びながら、ローラはきつく眉をひそめる。そんなローラが珈琲を飲むのを満足げに眺めた後で、マスターが「でもぉ」と指を可愛らしく振りながら言った。
「ローラちゃんならちょちょいのちょいっと推理して、居場所くらい突き止められるんじゃないの?」
――もちろんそうだ、ただしこれがゲームイベントなら、だけれど。
そう、ゲームならば。初見ではないから何でもすぐに解決ができるのだ。キャラクターにハマれば攻略サイトを読み漁って、寝る間を惜しんでコイン集めをして、たまに徹夜でイベントを周回して、ふらふらになってもなおゲーム内体力が回復したらまたイベントを走って。
そんな生活を積み上げてきた血と涙の結晶として、訳知り顔で悩み事にヒントをやれば、この世界の美味しいケーキや珈琲をせしめられるという素晴らしいシステムも構築してある。
……レイモンドルートなんて知らないんですけど!?
「あいつ、未知の存在すぎる……」
学生寮の部屋番号も取っている授業も好きな休憩スペースも、住所も好きな食べ物も好きな子のタイプも何もかも知らない。攻略キャラでもないからサイトにも載っていなかったからな!?
「じゃあクラスに行ってみたらあ?」
「ええ~、そこまでするう?」
ローラはテーブルに頬杖をついて、不満げに頬をふくらませる。レイモンドが面倒くさいせいでこんなことに、と嘆いていれば、マスターが「気になるくせに」と可愛らしく言って去っていく。
そんな花柄フリルエプロンを憎々しげに見送りながら、ローラはふうとため息をつく。
「いや、同級生として心配しているだけで、別に興味とかないからね!?」
何度も脳裏に浮かぶのは、最後に目にした何か言いたそうなレイモンドの顔。
「そんな表情だけ残していっちゃ、なんだか寝覚めが悪いじゃない」
先ほどまでの悩ましい表情とは打って変わって、どこか吹っ切れた様子のローラが、勢いよくガタンと椅子から立ち上がった。
マスターに見送られ、決意を込めて扉をぐいと押し開ける。それから騒々しい市場へと足を踏み出し、色とりどりの雑踏に紛れるのだった。
何も知らないローラさん。珍しいですね……!
次回更新は2月10日(金)18時を予定しております。よろしければ読みにきてください!
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