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窓際話04-2 咲きそうなのは

7/10に活動報告を更新しています。

次回更新についてのお知らせをしています。

「「おやおや」」


 スコットさんと母親が顔を見合わせて笑う中、ローラは末っ子坊やを引きずりながら、次々と目ぼしい商品を選び出す。


(これはスチルで見た、これは見たことない、これは可愛い)


 てきぱきと、これから流行らせたいもの――この世界にあるはずのデザイン――だけを抜き出していく。


「……これも好きそう」


 末っ子坊やがおずおずと突き出してきたワンピースを見ると、ローラが選びそうなまさに「『どのユリ』っぽい」デザインだった。白い生地に桜の花びらが綺麗に刺繍されたワンピースで、とてもお洒落だ。


「お、わかってるじゃん」


 そう言って受け取ると、坊やがにこりと嬉しそうに笑った。可愛い。幼児の笑顔は無性に可愛い。ローラもどんどん気分が良くなる。


「ママ、素敵な服が多い。流行ればいいのに」


「あら、ローラちゃんが気に入るなんて珍しいわね」


「うん。動きやすそうなのに可愛いもん」


(今着ているドレスってすごく動きにくいのよね)


 スコット商会の商品や『どのユリ』に出てくる衣装は、どれも伝統的な洋装に前世で言う現代的なデザインを取り入れており、華美だが動きやすいものになっている。


 裾の長いドレスには洒落たスリットが入っており、ふわふわとしたワンピースの前面は膝下が空いたデザインで歩きやすそうだ。


「これとこれ、どっちが好き?」


「緑の方が赤毛に似合う」


「ほほう、じゃあこっちにする」


 今や意気投合してサクサクと仕訳けしていくローラと末っ子。


 ローラがぽいぽいと子供服を抜き出して、末っ子がそれに合うような両親の服も選んでいく。ちゃっかり親子コーデをさせるつもりだな。いいだろう買ってやろう。


 その様子を微笑ましそうに眺めながら、先ほどよりちょっと心を開いた様子のアルマ辺境伯夫妻にスコットさんが話しかける。


「本当にローレイン様はお目が高いですね。国内では実績がないからとどこもかしこも門前払いでして。ただ、着心地が良いのは保証しますので、活発なお嬢様のお気に召すこと間違いなしです」


「隣国に持っていけば? 帝国の方がうちより頭が柔らかいもん」


 ぴたりと仕分け作業の手を止めてそう言うローラに、部屋の空気が一瞬だけ固まった。


(あ……、子どもなのに言い過ぎた?)


 一瞬訪れた静寂にローラがひやりと肝を冷やしていると、アルマ辺境伯が何度も頷いてから賛成の言葉を口に出す。表情も見るからに得意げだ。


「確かに国境を越えて向こう側なら、うちと同じく田舎だから、動きやすい服装の方が人気が出るかもしれないね。さすが我が家の跡取り娘!」


 急に大人びたことを言う者だから、ちょっとびっくりしちゃったな。うんうんローラちゃんってそういうところあるよねえ。そんなことを言いながらも、にこにことローラを褒めちぎる父親に向かってさらに畳みかける。


「アルマ辺境伯お墨付きって言って帝国で流行らせてから、『帝国で人気』って銘打って国内で売り出した方が売れると思う」


 その場にいた全員がなるほどと唸る。いい雰囲気だから追加でもっとやってみるか、そう思ったローラはもったいぶってゴホンと咳払いをする。


「で、うちの名前を使っていいから、その代わりに帝国に輸出するときはうちの街道を通ってください。関税を取ります」


「うわー天才!」


「パパ、褒める暇があるなら自分で提案してほしいんだけど」


「なるほど……これはこれは」


 スコットさんが唸り声を上げる。


 うちは家計が苦しい。とても苦しい。両親の頑張りによって少しずつ持ち直してはいるものの、祖父母が盛大に浪費して傾けた財政はまだまだ厳しいのだ。


(この商品は流行る。絶対に流行る。だって今まで見たことがないけれど、『どのユリ』の世界には必要不可欠なデザインの商品だもん)


 今後、そう、ヒロインが学園に入学する頃には絶対に定番アイテムになっているはず。


 そんな絶対売れる商品に絡んでおけば、必ず金になる。


(どうだ!)


 そんなローラの意志が通じたのか、両親もそれに乗ってくる。


「今の娘の提案通りに手が組めるのなら嬉しい」


 にやけるだけじゃないアルマ辺境伯がそう言うと、少し考えた後でスコットさんがこくりと頷く。それからしっかりと握手をして「通行証の話をしましょう」と意気込んだ。


 しばらくして交渉事に片が付くと、スコットさんがしみじみと言った。


「いやあ、ローレイン様は本当に賢くていらっしゃる。うちの坊主のお嫁さんに貰いたいぐらいですよ」


「あら、それはいけませんわ。ひとり娘ですからお婿さんを取らなければなりませんのよ」


「うちには男の子がたくさんいますから、おひとついかがですか?」


「おいおい、そんな言い方は可哀想だろう」


 そんな冗談を言い合いながら、両親とスコットさんが笑っている。


「お前凄いな」


 袖を引かれて振り返ると、末っ子が茶色の目を輝かせてこちらを見ていた。そういえば、この子の名前なんだっけ? そう思ってローラは問いかけた。


「そういえば、あなたの名前……」


 ***



「あ、レイモンドか。レイモンド・スコット」


「え、なに?」


 レイモンドが突然フルネームを呼ばれて動揺する。ローラはそんなミルクティー色の髪をした青年に向き直った。


 この前突然レイモンドが贈ってきたブレスレット――赤と緑の石が茶色のリボンに通されている。そう言えばリボンとレイモンドの目の色が同じだ――をいじりながら、ローラはふーんと納得した口ぶりだ。


「どうしたんだよローラ」


 茶色い瞳を覗き込むと、レイモンドがますます挙動不審になった。もぞもぞと居心地悪そうに座り直したり、むやみやたらとテーブルをおしぼりで拭いたりしている。


「レイモンドって、小さい頃はなかなか可愛い見た目をしていそう」


 放り投げるようにそれだけ言うと、どういうことだと騒ぐレイモンドをいつものようにスルーする。先ほど頼んでくれたケーキを見ると、ちょうど今日食べたいと思っていたミルフィーユだった。


(昔から、私が好きなものがわかるんだよねえ……)


 ローラはもう一度、窓の外の桜を見やった。レイモンドが選んでくれた桜柄のワンピース、まだ手元にあったかな? 


 桜の季節にはまだ早いのに、なんとなくつぼみがほころびそうな予感がした。

気づかないうちに再開しているっていいですよね。

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