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窓際話04-1 ローラのお買い物

 寒さが穏やかになってきた今日この頃。だんだんと春が近づいてくるのがわかる。


 この世界にも桜が咲く。特に王宮までの中央通りに沿って並ぶ桜は壮観で、一斉に咲くピンクが美しい。


 いつもの窓際席からも、市場の賑わいからひとつ奥に入った喫茶店のすぐ向かいで、ひっそりと佇む1本の桜が見えている。


 ローラは毎年、あの桜がひとり満開になるのを楽しみにしている。いつになくご機嫌な様子の赤毛令嬢を前にして、レイモンドは饒舌だ。


「うちのスコット商会があともう少しでに王家と取引できるかもしれないんだ! とはいえ最後の一押しがなくて苦戦しているんだけど」


「……レイモンドは当たり前のように私の前に座るんだね」


「王家と取引出来たらうちももっとデカくなれるんだけどなあ」


「めっちゃ無視するじゃん」


 ローラもレイモンドの言葉――主に抗議――を無視することが多いが、レイモンドもだんだんとローラの指摘をスルーするようになってきた。


 昔は、と言ってもここ最近のことだけれど、こんなに無礼ではなかったのに。ローラさんは悲しいです。そんなことを思いながら、左手首につけたブレスレットとくるくると弄ぶ。


 ひょんなことから手に入れたこれは、実はゲーム『どのユリ』内ガチャを死ぬほど回して出るかどうかのレアアイテムだったりしちゃったりする。


 ルートによってはヒロインがその時一番好感度が高い攻略対象からプレゼントされるもので、攻略対象の目の色のリボンにヒロインカラーの石を通してある。


(おほほ……。まさか自分が手に入れられるとは)


 つまりとても気に入っている。


 だけど、茶色のリボンってどこから出てきた?


「今一番大きい取引先は、えーっと……。そうだ! アルマ辺境伯だな」


 突然実家の話になってぎょっとする。不意打ちを食らって頭突きをされた気分である。おそらくこの世界でローラに頭突きを食らわせる人物はいないだろうが。


 ローラが突然「興味出た」と言って珈琲カップを置き、熱心に耳を傾け始めたので、レイモンドがさらに気分を良くした。


 ちょうどマスターが近づいてきたので、にこにこ顔のレイモンドがふたり分のケーキを追加で注文する。ありがたい。


「そうそう、俺はあまり覚えていないんだけど、昔父さんがアルマ辺境伯領に飛び込み営業に行ったらしくて、その時辺境伯夫妻と意気投合したんだって」


「辺境伯夫妻だけ? 子どもは?」


「いやー、詳しくは……。俺もまだ幼かったから、同行したことも覚えてないよ。兄さんたちなら覚えているかもしれないけど。取引をするようになってからは、絶対に粗相があってはならないからって父さんが全部取り仕切っているから何も知らないんだ」


 そうだった、そうだった。普通の子どもなら、幼い頃の記憶など朧気だろう。


 ローラが安堵の溜息をつく。



 ***



 4歳のローラはゆるゆるとウエーブした豊かな赤毛を揺らしながら、ソファに腰掛けている。


 ここは辺境伯の屋敷の応接室。色とりどりの衣類や装飾品が山ほど広げられている。


 目の前に広がる色の大洪水を眺めながら、ローラは床につかない足をぶらぶらとさせる。今日は新しい商会が飛び込みで営業を掛けてきたとかで、ひと通り商品を紹介させているらしい。


 らしいというのも、商会の人間を引き入れたのは道楽好きの祖父母が勝手にしたことで、祖父母が上機嫌な様子なのとは対照的に、両親は不承不承の様子だ。


 チャールズ・スコット男爵とかいう、ミルクティーのような明るい茶髪でちょっと胡散臭い男性が、ぺこぺこと腰も低く両親に話しかけている。


「こちらは私どもの商会で新しく作らせた最新型の外出着でございます。奥様がお召しになるものと、お嬢様がお召しになるサイズもございますので、お揃いのコーディネートが可能です」


(ふーん、親子コーデか)


 なかなかいい趣味をしているな。


 前世の記憶が鮮やかなローラにとっては「親子コーデ」だなんてよくあることだと思うのだが、何せこの世界では馴染みがない。両親がよくわからないと難色を示すのも無理はないだろう。


 よくよく見てみれば、どのドレスもいかにもゲーム『どのユリ』という感じで可愛らしい。憧れはするが、実際に着るのはちょっとな……という、ゲームによくあるデザインだ。ただし、どれもこれも今までこちらの世界では見たことがない。


(もしかして、このスコット商会がこれから流行らせるのかな?)


 スコットさんの隣には、同じくミルクティー色の髪をした3兄弟がいて、そのうちローラよりも幾分か年上に見える2人が、スコットさんの指示を受けて荷物をどんどん机に並べている。


 祖父母が「ここからここまで~」と爆買いしそうな勢いなのを、アルマ辺境伯夫妻が必死で止めているので、お疲れ様です。


 ただ、末っ子だけは商品を触らせてもらえないのか、周りをきょろきょろしている。よほどこの屋敷の客間が珍しいのだろう。しばらくすると勝手にうろうろ歩き回り始めた。


 見るがいい。由緒ある名家だけあって、骨董品の年季だけには自信がある。


「何か気になるの?」


 気になってそう尋ねると、末っ子がびっくりして答える。


「い、いや。暇だから……」


「ふーん。手伝わないの?」


「触らせてもらいないもん」


「あっそ。それじゃ暇じゃない?」


「うん……」


 暇だよなあ、そうだよなあ。


 年の割にませた、いや、当然ながら精神年齢が4歳をはるかに越えているローラからすれば、両親に選んでもらった服を着ると言うのもむず痒い。


 せっかくなら自分で選びたい。


「いっちょやるかあ! おいで!」


 ローラはそう言うと、末っ子の手をパッと掴み取り、そのまま中央のテーブルに突撃した。


 末っ子坊やが「おい!」と叫ぶのも無視して、両親がいるテーブルに歩み寄ると、そこではスコットさんが延々と渋る両親に売り込みをかけている。


「こちらのワンピースなんて、とても着心地のよい素材を使っておりますよ」


「着心地ねえ。でも、スコット商会さんは残念ながら実績がないでしょう?」


 着心地。そんなものは度外視して、煌びやかな装飾に命を懸ける貴族にはよくわからない概念なのかもしれない。アルマ辺境伯夫人が難色を示す。


「ねえ、自分のは自分で選びたい」


 ローラがそう言って割り込むと、母親が驚いた顔をした。


「あらローレイン。ちゃんと選べるかしら? ママが選ぶわよ?」


「ローラちゃん、全部買ったらいいのよお。ばあばが買ってあげる」


 ぽやぽやととんでもないことを言う前アルマ辺境伯夫人をキッと睨んで、母親がしゃがみ込んでローラと目線を合わせた。


「高価なもののお買い物はまだ早いわ。ローラちゃんはママと一緒に選びましょう?」


「どれも安いし失敗しても大したことはないでしょう?」


「おい!」


 末っ子が非難がましく口を出そうとするが、すかさずスコットさんがぱちんとその口を押える。それから手をすり合わせて、ローラにゴマをすってきた。


「そうですとも。他の商会よりもお求めやすいですから。お嬢様のお買い物の練習になさってください」


「「ローラちゃんがそうしたいなら、いいんじゃないか?」」


 娘に全力で甘い祖父と父の援護射撃もあって、見事選択権を手に入れたローラは、意気揚々と商品を物色し始めた。


「……で、どれがおすすめ?」


「おお、俺?」


 末っ子に問いかけると大いに戸惑った返事が返ってくる。心配そうな両親をけん制するために「同じくらいの年の男の子が可愛いと思うものが欲しいの!」と適当に言ってみれば、母親はちょっと面白そうに微笑み、父親は渋い顔をした。


 ……そして何故か、末っ子坊やは真っ赤になっていた。


レイモンドは覚えていないのです。

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