事件簿04-3 モブって簡単に消せるのよ
一方その頃、ローラはいつものように植え込みにめり込んでいた。
きっちりと刈り込んだ青々とした緑の隙間から、ちらりちらりと艶やかな赤毛が見え隠れする。
昼休みに抜け出してきたから、制服のネクタイとSクラスのタイピンをきっちりと身に着け、ふんわりとウェーブした髪はすとんとそのまま降ろしている。
まさに「アルマ辺境伯令嬢」といった出で立ちなのに、まさかの上半身を植え込みに突っ込んでいるローラ。そんな彼女のお目当ては、攻略対象で留学生のノア・アルフェンだ。
黒髪に少し浅黒い肌、神秘的な紫色の瞳。この国の南隣、ちょうどアルマ辺境伯領と国境を接するライプゼンダート帝国の皇子というだけあって、なんとなく南国風味を感じるキャラデザインだ。
(うちは帝国との窓口になっているから、思い入れが強かったり……)
そんなノアがふらりと中庭に出たので、そっと後ろをつけてきた。ついに、待ちに待った「イベント」が始まるのだと心が躍る。
そう、学園内で何度か暗殺者に襲われた後、ついにノアは暗殺者と対峙する。
『俺を消すことが目的だろう。あまり学園を荒らすな』
『ならば、大人しく消えろッ』
『ノア様ッ!』
そこに、ノアの様子がおかしいことに気づいたヒロインが飛び込んできて、暗殺者と鉢合わせするのだ。咄嗟にノアと暗殺者の間に立ちはだかるヒロイン。思わぬ邪魔だてに動揺する暗殺者。その一瞬の隙を狙ってノアが暗殺者を打ち破り、見事に取り押さえる。
(そこからがまた美味しいのよ……)
そう、そこからが二次創作出まくり、SS小説出まくりの大人気シーン――ローラも今植え込みに突き刺さりながら心待ちにしている場面――だ。
ひと思いに暗殺者を始末しようとしたノアにヒロインが縋り付き、こう諭すのだ。
『ノアに人を殺めてほしくないのッ!もう、ノアの苦しそうな顔を、見たく……ないよ……』
そう言って泣くヒロインに心打たれたノアは暗殺者を見逃し、それを恩義に感じた暗殺者は第一皇子の陣営を離れ、祖国に帰らず姿を消す。
(あれ、暗殺者くんって、その後どうやって生きていくのかな?)
よく考えたら、次々と送り込まれる暗殺者をひとり手懐けただけで、一件落着するだなんて都合が良さすぎるのではないか。
はてはてとローラが首を傾げていると、目の端にここにいてはいけない人物が映ったような気がした。ミルクティー色の髪をした青年が、ノア目がけてずかずかと歩み寄っていく。
(れ、レイモンド!? 関わり合いになるなって言ったでしょおおおお!!)
「兄上の、差し金か?」
内心絶叫しているうちにも、ノアたちの会話は進んでいく。今度はそちらにぐるんと方向転換すると、ばっちり暗殺者と対峙している。お互いに剣を抜き、今にも殺し合いが始まりそうだ。
大混乱の中、植え込みの中でぐりんぐりんと動きまくったので、とっくにネクタイは緩み、髪の毛もぐちゃぐちゃだ。植え込みに絡みついた髪の毛を引っこ抜いて回収し、煩わしいので慣れた三つ編みにまとめてしまう。
レイモンドに向かって「来ないで……止まって……」と念を送りながら、ネクタイもむしり取ってしまう。
「学園の生徒で、私の存在を嗅ぎまわっているやつがいるようでな。さっさとお前を片づけて帰らせてもらう」
(こ、このままじゃレイモンドと暗殺者が鉢合わせしちゃう)
ダメダメだめだめ…‥。
「おい、ノア・アルフェン。聞きたいことがあるんだが……って!?」
終った……。
ローラは絶望した。ちょうどノアと暗殺者が対峙しているど真ん中にレイモンドが殴り込んでいってしまった状況だ。案の定、ふたりはレイモンドに気づいて目を見開いた。
ノアが慌てて「俺を消すことが目的だろう。他の生徒には手出しをするな」と叫ぶが暗殺者は聞く耳を持たない。「大人しく消えろッ」と叫んで剣を振り上げた。
(モブなのに、ただのモブなのに)
レイモンドはこのシーンには全く関係ないはずの人物なのに、こんなところで死んでしまうのだろうか。
そんなことがあっていいのか。いや、いやいや。
「ダメでしょおおおおおおお!!!」
ローラは植え込みから勢いよく飛び出し、手を暗殺者の方に振りかざした。そこから明るい緑色の光が輝き、風魔法の突風が暗殺者に向かって飛び出した。
「「うあああ」」
暗殺者と、ついでにレイモンドが突風で吹っ飛んでいく。暗殺者はノアの頭上を高く超えその後ろの大木にしこたま身体を打ち付けた。レイモンドは近くの植え込みにどさりと落ちていった。
ローラは迷いなくレイモンドの方に駆け寄ると、首根っこを掴んで植え込みから引きずりだし、咄嗟に自分の背に隠した。ノアの方は暗殺者が呻いているうちに、腕をねじり上げて取り押さえている。
そんなノアに向かってローラが叫ぶ。
「モブ……いや、一般人を巻き込むだなんてどういうつもりよ!」
「「す、すまない」」
暗殺する側もされる側も、ローラの剣幕に押されてついつい謝罪している。
「ろ、ローラ?」
「黙って!」
レイモンドがもぞりと動いて身を起こそうとするが、ローラの剣幕に恐れをなして大人しく地べたに戻っていった。
「皇位継承争いは他所でやってよ。こっちの国の一般人を巻き込まないで! モブって簡単に死ぬんだからッ」
「外交問題にしたいの!? 締め上げてやる!!」と喚き散らすローラに唖然とするその他3人。そのうち、ローラをまじまじと見つめていたノアが、急に何かに気づいて暗殺者に耳打ちした。
「そうだ、そこのご令嬢を巻き込んだと知れたら、兄上の皇位継承は完全に消えるだろうな。何故ならこの方は……」
その後は聞こえなかったが、みるみるうちに暗殺者の顔が青くなっていくのが分かる。その口からは「クリージェント国王の鎧、……伯の愛娘……」という呟きが漏れ聞こえた。
怒り心頭で睨みつけていると、暗殺者がうんうんと頷いて走り去り、ノアの方はこちらに歩み寄ってくる。
「今回のことはすまなかった」
深々と頭を下げるノアを見てやっと怒りが収まってきたローラは、そういえばとレイモンドのことを思い出して振り向いた。
「あ、レイモンド大丈夫?」
すると、心配しているのはこっちなのに、何故かレイモンドが心底慌てた様子でガバリと立ち上がり、ローラの方にすっ飛んでくる。
「お、おう。え、ローラごめんって!!!」
どうしてそんなに慌てるのだろう。ローラが不思議に思っていると、ノアがそっとハンカチを差し出してきた。
その意味を察して頬に手をやると、そこは何故だか湿っていて。
「ひ、人が死ぬかと思って怖かったあ」
へなりと急に力が抜けて、その場にしゃがみ込んでしまう。大慌てなレイモンドが右往左往しているのが、冷静に考えるととても滑稽だ。
「本当にごめん。忠告されていたのに」
「もおおお」
怖かったのか悲しいのか、滑稽なのかほっとしたのか、何が何だかわからない。
分からないから、心配そうな顔の青年を、うっかり死んでしまいそうだったレイモンドを、腹いせににばしばし殴る。
レイモンドは痛がりながらも、決して避けはしなかった。
それからレイモンドに散々謝られて、ひたすら宥められて落ち着いたローラに、突然羞恥心が復活する。人前で泣いてしまったこと、そういえば滅茶苦茶にしかりつけてしまったことを思い出して、顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。
心配するレイモンド――ちなみにノアは随分前にしれっと消えている――を振り切って、とりあえず教室に駆け戻ったものの、その後どうやって授業を切り抜けたのかも覚えていなかった。
帝国からすれば、王国との窓口であるアルマ辺境伯のことは、建国以来ずっととても重要視しています。しかも、領地で流行っている趣味が魔獣狩りです。帝国の一般人からすれば、物凄い武闘派集団に見えるわけで、そりゃあ敵に回したくないですね。




