事件簿04-2 留学生の事情
ノア・アルフェン、いやルノアドルフ・アルフェン・ライプゼンダートはゲーム『どのユリ』の攻略対象で、表向きは帝国からの裕福な留学生だ。
だが、実はライプゼンダートは帝国の皇族の姓で、ノア自身は第二皇子にあたる。
帝国の皇位継承は皇帝による指名制で、順当にいけば第一皇子が皇太子となるはずなのだが、こいつがとんでもない能無しなのだ。ちなみにビジュアルもパッとしない。
そして勉学武術全てにカリスマ性を発揮するノアに嫉妬し、やたらめったらただひとりの弟を殺そうと暗殺者を差し向けてくるのだ。
(自分が贅沢三昧遊び惚けて求心力がないのが悪いのに、弟皇子を消して自らの地位を確実にしようだなんて馬鹿馬鹿しい)
そう思うのは皇帝も同じだったようで、ノアは留学という名目で国外に逃がされた。勉学に集中するためだとか何とか言って、この国ではあまり知られていない皇妃の旧姓を使って潜り込む徹底ぶりだ。
しかし第一皇子は諦めない。はるばる学園にまで暗殺者を差し向けて、なんとしてでもノアを消そうとする。ノアは剣術や魔術も手慣れたものなので、ことごとく追い払いはするのだが、たまに怪我を負わされてしまう。
ゲームでは手負いのノアを看病したり、ヒロインと暗殺者が鉢合わせたところをノアに救われたりといったイベントが発生する。
(ヒロインを巻き込まないために、わざと冷たくして遠ざけるのがまたぐっとくるんだよ……)
ローラもこの黒髪でミステリアスな留学生がなかなかのお気に入りだった。だから、ノア絡みの相談だと聞いて、思わず身を乗り出してしまう。
それに。
学園側に訴えても事件を握りつぶされてしまうというのも理解できる。彼らもなんとなくの事情は察していて、関わらないようにしているのだろう。
(だけど、この人ってモブだよね? モブが関わったら危ないんじゃないかな)
この世界を知り尽くしたローラでさえ、目の前の青年のことを全く知らない。つまりモブ中のモブだ。ちょっと名前が出てくるローレイン・アルマ辺境伯令嬢や、既視感がある市場の人たちどころではない。いてもいなくてもゲーム上支障がないほどの筋金入りの、モブ。
そんなモブのひとりやふたり、あの暗殺者にバッサリとひと思いに殺されてしまうのでは?
――パシュン。グシャ。
ローラの頭の中で、例のゲームの効果音が鳴り響く。
そんな結論にたどり着いたローラは、突然スンと真顔になった。
「忘れなさい」
「は?」
今まで表情が読み取りにくくはあるが、なんとなく熱心に耳を傾けてくれていた令嬢から放たれたとは思えない冷たい声色に、レイモンドは愕然とした。
「今なんて?」
「不審者のことは忘れなさい。お友達にも関わり合いになるなと言いなさい」
さあ帰ってと急かすと、レイモンドは信じられないと憤る。
「ちょっと! 何か知っているなら教えてくれたっていいじゃないか!」
「知ると巻き込まれるよ。さあ帰って帰って」
ローラは極力感情を隠してそう言った。ローラだってノア絡みの案件から手を引くのは辛いのだ。
それでも遠くにいるマスターを手招きし、ちょいちょいとレイモンドを指さした。ゴリゴリの巨体はこちらにゆっくりと歩いてきて、さっさとレイモンドの目の前を片付けてしまう。
「おい!!??」
レイモンドはまだ何か言いたそうだったが、頑として何も話さないローラと、絶対逆らえないオーラを発するマスターに困り果て、ついには「期待外れだったよ」とだけ言い残して去っていった。
とぼとぼと肩を落として外に出るレイモンドが哀れに見えなくもない。
(友達のためにこんなところまで来られるのねえ。優しいというか、なんというか)
いいや、忘れよう。
ノアルートはとにかく危険なのだ。魔法のレベルが低ければヒロインといえど暗殺者にやられてしまう。しかし高位魔法をぶっ放して暗殺者を殺してしまえば見事外交問題に発展し、ノアとは引き離されてしまう。
ノアと力を合わせて戦い、暗殺者をひどく傷つけることなく、なおかつ勝ち目がないと諦めさせるのが肝要だ。
そんな難しいルートだから、ローラはできる限り手出しせずにこっそりと見守るつもりだ。
「悪いねえ」
ローラは珈琲に向かってぽつりとそう呟く。気のせいだろうか、珈琲が少し揺らいだ気がした。
***
翌日、学園の教室でレイモンドは頭を抱えていた。
「うあああ腹立つ! 絶対何か知っている顔だったんだよおお」
「もういいって。ていうか、あんな下町の市場にまで本当に行ったのかよ」
隣に立つ青年は左手を骨折して腕を吊っている。先ほどからレイモンドを宥めているのだが、当の本人は昨日のことを思い出しては悔しがっている。
「だってえ。危ないから近づくなって、事情を知ってるから言えることだろう? 学園の先生たちもそんな感じだったし。ぜええええっったいに何か知ってるやつだあれ」
「でも、危ない奴らだって言われてみれば納得できるよ。すごい体捌きだったし、近づかない方がいいのかもしれない」
でも謝らせたいじゃないか。そうレイモンドが喚くと、俺より怒ってどうするよと友人が笑う。
それはそうだけど。レイモンドは友人の腕を見る。包帯でぐるぐる巻きになったそれは、治るとは言われていても許せるものではない。
「で、その探偵令嬢ってどんな子だったんだよ? 噂通りの不良娘かい?」
「へ? いや、その。えーっと、赤毛が綺麗な……、綺麗な? 違う違う」
「おおっと???」
咄嗟に俯くと、友人がやけに冷やかしながら覗き込もうとしてくる。
何故だかわからないが、決して何故だかわからないが、自分がひどくだらしのない顔をしているのがわかるから、絶対に見られるわけにはいかない。
そういえばあの時ローラは意味深に言っていたっけ。
『……それって、帝国からの留学生ノア・アルフェン様の近くで起きたこと?』
凛として綺麗な声だったなあ……。
……ん? そういえば確かに近くにノアがいたから反応してしまったけど、ローラから名前を出してくるってことは、この事件に関係があるってことなのか?
レイモンドは目を瞬かせる。それから、先ほどからレイモンドを煽るように覗き込もうとしていた友人のおでこをちょいとつつき「ちょっと出てくる」とレイモンドは席を立った。
目指すは全ての元凶と思しきあの留学生。絶対に事情を聞き出してやる。
レイモンドはそう意気込んで駆け出した。
そういえばローラの容姿ですが、名門貴族らしく美男美女を娶っていくのでそこそこに整っています。でも、ゲームの主要キャラほど目を引きはしません。




