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事件簿04-1 とある出会い

「いらっしゃいませええ~」


 カウンターの向こうから、マスターが可愛らしい声色でそう呼びかける。相変わらずゴリゴリの巨体に花柄のラブリーなエプロンが不釣り合いだ。


 市場のひとつ奥まったところ、オークのドアの喫茶店。


 その重いドアを開けたのは、ミルクティー色の髪をした青年だ。マスターと楽しげに会話を交わしながら、ローラと同じクリージェント魔法学園の制服を余裕そうに揺らしている。


 窓際席に陣取ったローラがじっと見つめていると、迷いなくこちらに歩いてきた。


「もう相談もないのにここに来るようになったね。最初はびびってたのに」


 ローラの向かいにすとんと腰をおろし、当たり前のように珈琲を注文するレイモンドに向かって面倒臭そうに言うと、目の前の青年が感慨深そうに答える。


「もうすぐローラと会って1年になるか? でも、学園では全然顔を合わせないよな。確かたまたま会った1回きりかい?」


「ま、まあ。クラスが違えばそうなるんじゃない?」


 ローラは赤毛のおさげを揺らし、椅子の上でちょっとだけもぞもぞする。心なしか返答の切れ味も悪くなってしまい、目の前のレイモンドが不思議そうな顔をしている。


 気まずさを誤魔化すために珈琲カップを覗き込むと、困ったように眉を下げる令嬢が見つめ返してきた。


(レイモンドと出会ったあの事件は大変だった……)


 そう、学園でこの姿にならなくてはいけないほどには。



 ***



「労働者階級の喫茶店に、探偵をやっているうちの生徒がいるって聞いた。君か?」


熱心に読書をしていたローラの頭の上から、そんな警戒心でいっぱいの声が降ってきたのは、今からちょうど一年前。窓の外にひっそりと咲く桜は既に満開で、行きかう客の足どりも軽やかだ。


そんなぽかぽかとした陽気とは裏腹に、ローラは肝を冷やして恐れおののいていた。


「な、なんでうちの生徒がこんなところに! 貴族連中は嫌がって来ないような場所だよ!?」


(今、うううううちの生徒って、言った? おおおおおおおおおお、ついにバレたのおおおお!? お気に入りの場所なのにいいいい????)


間抜けな大声を上げて椅子から飛び上がらなかっただけ褒めてほしい。びっくり仰天しているのが伝わる物言いで、完全にブーメランでしかない言葉を投げつけてしまうローラ。


「それは、そっくりそのまま返すよ」


無言で見つめ合うふたり。喧騒と珈琲の香りがふたりを包み、


「「……ふははっ!!」」


それからふたりは盛大に噴き出した。


そう、この喫茶店があるのは完全に労働者向けの区画で、良家の令息令嬢、つまりクリージェント魔法学園の生徒なら立ち入らない場所にある。スリも万引きも置き引きもいるような愉快な場所だ。


ローラの前世は庶民中の庶民で、コンビニの前にはお約束のように不良の皆様がセットされているようなごちゃごちゃした下町に住んでいたから気にもしないが、貴族の同級生に知られたら卒倒されてもおかしくはない。


(向こうも相当な事情持ちなんだろうけれど、私だって異常に見えるよね)


だが、そんな訳あり令嬢に頼み事をする名門校のお坊ちゃんだなんて、いったいどんな了見だろう。年恰好は同じくらい、ミルクティー色の髪をした青年で、心底切羽詰まった表情をしている。


「名前と御用は?」


 頬が緩んだままで、ずばりと単刀直入に聞くと、相手は少しぼーっとした様子でこちらを穴が開くほど見つめてから――ローラが急かすようにゴホンとひとつ咳ばらいをした――、慌てて用件を話し始めた。


「俺はレイモンド・スコット。友人のことで相談があってきました。クリージェント魔法学園の高等部2年生で、えっと、同じ学年……か?」


「同じね」


「同じなのか」


(そうか、見た目ではわかんないよね)


 よかったとローラはほっとする。


 本来なら休日でもないのに寮を抜け出して、しかもこんな労働者階級の市場にいるだなんて、お説教を食らってもおかしくはない。


 だからローラはネクタイやタイピンなど、学年やクラスがわかるものを全部外している。それに目立つ豊かな赤毛を緩い三つ編みにして、随分と印象を変えているのだ。


(アルマ辺境伯のひとり娘がこんなところにいるなんてバレたら、学園長が卒倒するだろうな)


 まあ、アルマ家のみんなは気にしないだろうけど。


 そんなことを考えていたからか、心なしか頬が緩む。そんなローラを見たからか、はたまた同学年だとわかったからか、レイモンドの態度が少し和らいだ。


 そしてそのまま目の前の席にすとんと座る。え、許可してないけど。


「友人が学園で暴漢に襲われたんだ。その相談をしたい。謝礼はどれくらいだろう?」


「う、受けるかどうかは話を聞いてから決めるわ。謝礼は不要よ」


――そう、謝礼は絶対に受け取らない。


 この世界を「プレイヤーとして」知っているローラにとって、この喫茶店にやってくる人々の物を失くしたとか、猫がいなくなったとかいう相談は至極簡単な話だった。


 ゲームの記憶をたどりながら、アイテムが落ちているはずの場所や猫と出くわすであろう路地を教えてやるだけでよい。


そして、周囲は助かった名推理だと喜んでくれる。


(まあ、ちょっとくらいゲーム知識で人助けするのも悪くはないけれど)


だが、推理を褒められれば褒められるほど、やはり自分はこの世界の人間ではないと実感する。困っている奥さんも、悩んでいる親父さんも、モブではあるがみんなゲームの登場人物なのだ。


それがわかっているからこそ、お前はこの世界の人間ではないと突き付けられている気がして、どうしても一歩引いてしまうのだ。


だから、ゲームに貢献するために住人の手助けはするが、謝礼は受け取らないと決めている。


「本当にタダで受けてくれるのか?」


「用件は?」


「い、いらないならいいけど。えっと、友人が学園の庭を歩いていたらぶつかられて、驚いて声を上げたらしこたま殴られたらしくて。相手の正体もわからなければ、学園に相談しても握りつぶされてしまって困り果てているんだ。何故学園があんな対応なのかも謎だし……」


「学園で、暴漢」


 ローラの瞳がキラリと輝いた。レイモンドは「困った」という文字が額に彫り込まれそうなほど眉をひそめている。


(おっと、我慢しないと場違いだね)


 そう自分に言い聞かせながら、ローラは冷静に言い加える。


「……それって、帝国からの留学生ノア・アルフェン様の近くで起きたこと?」


 弾かれたように姿勢を正すレイモンドを見れば、ローラの推理が間違っていないことが容易にわかった。


(そりゃあ学園も握りつぶすわあ)


 だって。


 誰も隣国の王位継承争いに首を突っ込みたくないのだから。


 ノア・アルフェン、いやルノアドルフ・アルフェン・ライプゼンダートはただの留学生ではない。ライプゼンダートはアルマ辺境伯領が守る国境の向こう側、帝国を治める皇族の姓だ。


 ちなみにアルフェンは母方の姓で、帝国の大貴族アルフェン公爵家の血を引くことを示している。


 そんな彼が何故この国にいるのか。王家にさえ「見聞を広げるための留学」としか知らされていない。


 きっと、この国で真相を知っているのはローラだけ。


 ローラの頬がさらに緩む。押し殺してもにじみ出してしまう楽しげな表情をレイモンドには悟られないように、さりげなく頬を押さえて肘をついた。

おっと、レイモンドの挙動がおかしい……?


2023/1/25 学年を3年生→2年生に訂正しました!

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