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事件簿03-4 嵐のあとの晴天

 『どのユリ』ゲーム中でも難易度が高いマイケルの魔法暴走の解除。それに成功したローラは歓喜した。


(よっしゃああああ! ゲームクリア! これでヒロインのレベルもガン上げじゃない??)


 ローラはこっそり手を叩いて喜んだ。


(おっと、真剣になりすぎて、途中から領地で魔獣狩りをするときのテンションになってしまったけれど)


 アルマ辺境伯領伝統の魔獣狩りでは、家族で別々の騎士団を引き連れて森に向かい、いかに上手く指示を出して自分のチームにより多くの魔獣を打ち取らせることができたかを競う。


 ちなみに魔獣狩りに現を抜かす道楽三昧の祖父母チームが圧倒的に強く、毎年優勝を争っている。「これは軍備の訓練にもなるから」と言い訳しているが、ここ数百年戦争がないのにそんなに究めてどうするのだ。


 ケビンはヴァネッサに何やら声を掛けている。


「す、すごいですヴァネッサ様。最初からそうしてくれていれば……」


 ケビンの最後の方の声は萎んでしまって聞こえなかった。


 何故ならマイケルが渋い表情で近づいてきたからだ。


(うわあ、余計なことをするなって言われちゃう? いや、笑顔で誤魔化されるかもね)


 固唾をのんで見守っていると、マイケルが堅い口調のまま言った。


「ケビンくんの言った通りだった。やりすぎた。心配してくれたのに無視してごめん」


 ぶすりとした口調で言うと、そのまま歩き去ろうとする。


「……!!」


 ケビンはひどく驚いた表情をして、それからぐしゃっと相好を崩し、困ったように頭を掻きながら強情な友人の後を追った。


(ほーう、ちょっと距離が縮まった?)


 少なくとも、心配していたことは伝わったようだ。


 こんな天気の中、何度はねつけても止め続けてくれるなんで、相当な思いがなければ到底できっこない。


 マイケルだってちょっと歪んではいるものの、元々はとても優秀な人間だ。頑なにならなければそんな簡単なことはすぐに理解できる、はずだ。


 ローラは安心してほうと息をつくと、ほったらかしにしていたヴァネッサに向き直る。


 ――これで魔法暴走も収まったかな。光魔法は闇魔法以外になら勝てるから。今のイメージを忘れないで。


「あ、ありがとう……。え? 誰?」


 ヴァネッサが振り向いたのとほぼ同時に、ローラも横っ飛びダイブで門番小屋の陰に隠れる。


「今、赤毛の……うぎゃあ!!!」


 空からザバザバとバケツをひっくり返したような雨が降りかかる。横殴りの風も追加され、ヴァネッサは思わず悲鳴を上げた。


 それもそのはず、先ほどまではローラが風魔法で裏庭一帯の風を空に向かって吹上げ、雨風が入り込まないように簡単な壁を構築していたのだが、それを一気に解除して目隠しに使ったのだ。


「気づかないうちに土砂降りになっていたっぽい」


 ローラの周りにはまだ風の壁が張ってあって、ぐるぐるとつむじ風が雨風を吹き飛ばしている。そのためさらに嵐が近づいてきたことにも、ちっとも気づかなかったのだ。


 ひと仕事終えた探偵令嬢は、つむじ風を背負って悠然と帰路についた。



 ***



 翌日、嵐が過ぎ去った後の街はすっかり晴れ空が戻っていて、喫茶店もいつも通りの営業を行っていた。


 昨日の大嵐の話題で盛り上がる喫茶店の客たちが「そういえば物凄いつむじ風を見た」と口々に言い合っているのを聞いて、ローラはひとり嘆息した。


(つむじ風の雨除け、領地では皆がやっているから気軽に使えるんだけど、市街地でやるのは目立つし危ないし、やめておいたほうがいいかなあ)


「昨日の話、聞いたか?」


 レイモンドは今日も変わらず目の前に座っている。だんだんレイモンドもが指定席だという顔をするようになったので呆れてしまう。


「なによー」


 気が抜けた声でそう問い返すと、レイモンドが愉快そうに笑う。


「ローラ、その態度は俺の前だけにしような?」


「レイモンドだからいいでしょー? で、なんの話?」


 つむじ風の話ならもう知っているよと付け加えると、何故かレイモンドが動揺して「ううう、可愛い。いいや可愛くない」と聞こえるかどうかの声で呟いている。


 ローラが話を催促すると、やっとレイモンドが話し始めた。


「昨日、ついにマイケル・フローレンジールが魔法暴走を起こしたらしいぞ。で、それをヴァネッサ・リリー嬢が止めたんだって。うちのクラスではあの特待生が聖女なんじゃないかって話で持ちきりだった」


「そうでしょうとも、そうでしょうとも」


 ローラはその話を聞いてご満悦だ。あのイベントをクリアして最強になった光魔法をもってすれば、王家に聖女だと認めさせることも可能だろう。


 私のヒロイン……ではないけれど、あれだけ手伝ってやったのだ、手塩にかけて育てた気分で褒められると嬉しくなる。


 この事件をきっかけに、ヴァネッサとマイケルは急速に親密になるのだ。


 ただ、マイケルの様子が気がかりだ。


実はマイケルとローラは同じSクラスなので、今日一日マイケルの様子をちらちらと見て気にしていたのだが、マイケルはヴァネッサをひとしきり問い詰めた後、あまり納得がいかない様子で首を傾げていた。


それからぐるりと教室を見回しローラを認めると、ちょっと驚いたような顔をして、それからしばらく迷っていたが、ついにローラに話しかけてきた。


『ローレイン様、あなたの属性魔法って……』


『何か御用かしら?』


教室ではひたすら近づき難い高貴なオーラを放っているローラが、じろりとひと睨みすると、マイケルはたじたじになって去っていった。


ただしその後も、何度もローラの髪を眺めて、それからかぶりをふって何かの考えを追い払うような仕草をしていた。


「そういえば、マイケル様はケビン様と仲良くなれたかな?」


 ガチャッ。


 レイモンドが珈琲カップを乱暴にテーブルへ戻した。


「なんでケビンさんを気にするんだよ」


「ええー、そんなに怒らなくったっていいじゃない。何? ケビン様と何かあると思っているわけ?」


「い、いや。そうじゃいけど、えーっと。その、もういいだろ」


「なによそれー」


 ぎゃいぎゃいと言い合うローラとレイモンド。傍から見ると、仲良しカップルのじゃれ合いにしか見えないのだが、ふたりは全く気付いていなかった。


アルマ辺境伯領の皆が鍛え抜かれているから気づきませんが、ローラがしれっと使っているつむじ風はものすごーーく高度な魔法です。

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