事件簿03-3 光魔法の使い手
ヴァネッサ・リリーは寮を出て、ふらふらと学園の門に近づいていった。
学園は休校なので正面玄関は固く閉じている。だから警備の緩い旧門――今は使われていない門番小屋がある――からこっそり入るつもりだ。
『うーん? マイケルと話し合えばいいんじゃない?』
そんなヴァネッサ自身の発言を思い出す。
マイケルにいつもくっついているケビンとかいう青年が、光魔法ならばマイケルの魔法暴走を止められると言った。
そもそも暴走しないように、マイケルと話し合って訓練を止めればいいじゃない。
そんな簡単なことも、ケビンはできないようだった。
「話せばみーんな、わかってくれるのにぃ」
何故そうしないのかしら? と不思議そうにこてりと首を傾げる。困り眉でぷくりと頬を膨らませて、事情を知らなければひたすら愛くるしいだけの表情だ。
「ケビンさんがダメなら私か代わりに話してあげる!」
そう意気込んで寮から出たヴァネッサだが、そもそもどこに行けばいいのかわかっていない。風が吹き荒れ、朝から降っている小雨が徐々に強くなってくる。
ざあざあという音に紛れて何か声が聞こえてきた。
――そうね、代わりにマイケルのところに行くべきよ
「でしょう? でも、どこにいるのかわかんないの」
――学園にいるよ
「なぜ? 今日も訓練しているの?」
――人がいないから訓練し放題ね
「なるほど……。でも、学園のどこにいるのかしら」
――目の前の門番小屋の裏庭
「ふーん……。え?」
あれ? 今誰かと会話をしたような気がする。だが、急いで辺りを見回しても、人っ子ひとりいない。
いや、雨音を声だと勘違いしただけで、全てヴァネッサの頭の中の会話だったのかもしれない。
「門番小屋の裏庭っと」
ヴァネッサはそう自分自身を納得させると、今は使われていない門番小屋に向かって歩を進めた。
***
「……お前、よく誰かわからない声を鵜呑みにするな、ヒロインだからか…?」
ローラは土まみれで、旧門横の側溝にはまり込んでいた。朝から降る雨のせいで、側溝にはどろどろの雨水が流れている。
領地で魔獣狩りをするときに着る狩猟着を身にまとい、髪はしっかりと頭巾に収めて汚れないようにしている。
狩猟着も頭巾もアルマ辺境伯家流の製法で、汚れや水をはじく素材を使用している。
「まあ単純頭で助かったわ。ヴァネッサさんを上手く誘導できたっと」
ローラは側溝の中からぴょこりと顔を出し、ヴァネッサがいないのを確認すると、ぱたぱたと裏庭に急いだ。
「門番小屋も裏庭も、ゲーム通りなんだよな」
学園のことも隅々まで知り尽くしている。例の裏庭に到着すると、無駄のない身のこなしで植え込みに近づき、迷いなくその中に飛び込んだ。
何故だか慣れ切って素早い動作だったので、きっと誰にも気づかれていないだろう。
ローラは少し身じろぎして体勢を整えると、そこから目の前を窺った。
そこでは全身に魔力の渦をまとうマイケルと、彼に向かって呼びかけるケビンとヴァネッサがいた。
(ほう、ケビン様もめげずに来ていて偉いわね)
ローラが無言でにっこりする。植え込みの枝気が口に飛び込んできそうで、口を開くことができない。ガサッ。
「もうやめてくださいマイケル様」
「マイケル、少し休憩をしましょう」
宥めようとすればするほどマイケルは頑なになり、魔法の出力を上げてしまう。
(暴走を未然に防ぐのは無理そうだなあ)
ローラがそう思うと同時に、ガツンと衝撃波が走る。
マイケルの方を見てみれば、驚きと焦りで目を見開き、慌てて魔法を止めようとしている。しかし己の意志に反して噴出し続ける魔力が、轟々と音を立てて渦巻いている。
雷や水、火や風といった多属性の魔力が一気にマイケルを包み込み、周囲の空気を吸い込みながらどんどん大きくなる。
(行けえ! ヒロイン!!)
ローラがそう心の中で念じると、ヴァネッサがマイケルに……
……近づかない。
「え? マジ?」
ヒロインが全く動こうとしない。おろおろとケビンに「どうしよう」と言って縋り付くばかりで、正直邪魔である。
(おいおいおいおい光魔法は!? ここで使わないとステータスがアップしないぞ???)
気付けばこの場で一番焦り始めたローラが、手のひらに風魔法を溜める。ぼわりと緑色の淡い光が手のひらに集まってきたのを確認してから、それを口元に当ててひそひそと話し始めた。
――おいヒロイン。早く光魔法を使ってよ
風魔法で風向きを調整し、ヒロインの耳元にだけ聞こえるように声を流す。
「へ!? 光魔法って私の??」
――あんたしか使えないだろこの国でええ!
「いや、先日からずっとあなたの光魔法が必要だって言っているでしょう!?」
絶叫するローラのことを知ってか知らずかケビンも負けじと叫び声を上げる。
「で、でもでもどうやって? えええわかんなーい」
そういってあっさりと諦めた顔をするヴァネッサ。流石にむっとして眉をひそめるケビン。
ヒロインってこんなにイライラするものだっけ? そんな感情を押し殺して、続けざまに指示を出す。
――光魔法でマイケル様を包み込みなさい。
「えええええ。そんなことできるのおお?」
――冗談を言っていると思う?
「わ、わかった! が、頑張るしかないよね? おりゃああ!」
そう言うとヴァネッサが思い切りよく出力全開で光魔法をマイケルにぶつける。切り替えが早いのはよろしいとローラは頷いた。
――マイケル様を溶かすイメージで包み込み続ける!
「はいっ!」
ヴァネッサがピンクの髪をなびかせながら光魔法を浴びせ続ける。ローラがときどき指示をして、さながらゲームの選択肢を選ぶようにヴァネッサを操作、いや、ヴァネッサにアドバイスをしていくと、マイケルを中心とした暴風が徐々に弱まっていく。
「もうやめていい!?!?」
――だめ、タイミングがあるの。ここからが一番難しい。
「うえええん、もう持たないよおお」
――落ち着け。
低く落ち着いた、まるで練熟した司令官のような声色でそう命じられると、だんだん弱気になっていたヴァネッサが弾かれたように姿勢を正し、集中力を取り戻した。
それからしばらくしてローラが一声「やめろ」と言うと、光魔法を見事に引っ込めた。ヴァネッサが魔法を解除すると、そこには少々くたびれてはいるものの、いつもと違わないマイケルが立っている。
(よっしゃああああ! ゲームクリア! これでヒロインのレベルもガン上げじゃない??)
ローラはこっそり手を叩いて喜んだ。
ヒロイン……




