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事件簿03-1 嵐の前の

 労働者が休息を求めて集う喫茶店。


 窓から外を眺めると、大きな荷物を抱えた買い物客がせかせかと帰り道を急いでいる。いつも多くの人で賑わう市場が、今日は一段と騒がしい。


 週末には大嵐がくるという。外に出ていると危ないほどの激しい雨風になるらしく、マスターも「危ないからその日は店を閉めるわよ」と言っていた。


 両手に大量の食料品を抱えた人々は、嵐に備えて買いだめをしているのだろう。


 その中でもひと際目立つ、すらりと背の高いオレンジ色の髪をした男性。ローラと同じ制服を身にまとっている。その背中が遠のいていくのを見つめながら、ローラは寂しそうに呟いた。


「わかってもらえるといいね」


 レイモンドが何か言いたそうにこちらを見つめてくるが、いつものごとく無視をした。


 話は1時間前にさかのぼる。


「この喫茶店に探偵をやっている令嬢がいると聞いたんだが」


 喫茶店のドアを開けるなり、良く通る声でそう尋ねるのが聞こえてきた。


(探偵をやっているわけじゃありません! ちょっと相談に乗っているだけ!)


 ローラがこっそりとかぶりを振る。


「いらっしゃあい! 窓際にいるわよん」


「ますたああああ!」


 思わずがばりと立ち上げり、ローラのことをあっさりと売ったマスターに向かって叫び声をあげる。


 例の男性はローラの方をしかと見つめ、迷いなくこちらに進んでくる。


「レイモンド、今日はなんだか面倒くさい気分だから断ってよ」


 ええ!? と目の前に座るレイモンドが瞠目する。そうだろう、急に言われても困るよね。ごめんごめん。


「こんにちは。私はケビン・アーガイル。クリージェント学園の生徒です。ご相談があって伺ったのですが、有名な探偵令嬢というのはあなたですか?」


「自ら名乗った覚えはないのだけれど、まあそうね」


 探偵になったつもりはないけれど、ローラがこの世界に誰よりも詳しいことには間違いがない。


 だって、この世界は初見ではないのだから。


 転生したのが前世で熱心にやりこんだゲーム『どのユリ』の世界だと気づいたときから、ローラは全力でこの世界をエンジョイしている。


(周囲がドン引きするほど課金してよかった……)


 ゲームをやり込む傍ら、ファンブックを買いあさり、製作スタッフのブログや記事を読み漁った。考察班の書き込みや二次創作まですべてチェックして、『どのユリ』についての知識は完璧なはずだ。


 転生したと気づいてからは、この世界について知り尽くしたくて、歴史書からゴシップ誌まで浴びるように摂取している。


 こちらで触れるどの書物も自分が知るゲーム知識につながっていた。


「知ってる! 全部知ってるわ!」


 これから起こることも、今後起こることも全て知っている。そんな事実に狂喜しながらのらりくらりと令嬢生活を楽しんできた。


 たまに相談を受けると、その知識を活用してアドバイスをしてやるのだが。


「百発百中の探偵令嬢に推理していただきたいことがあるのです!」


 ……こんなに期待されると辛い。


 気付けばケビンに両手を握られていた。逃さないとばかりにひしと握りしめられ、至近距離で見つめられてドギマギしてしまう。


 よく見ればオレンジの髪に見覚えがある。


「……マイケル、じゃないか」


「……! そう、マイケル様のことなんで」


 す。とケビンが言い終える前に、レイモンドがぴしゃりとその腕をぶつ。ケビンは驚いてレイモンドを見て、それからローラの手を握る自分の手を見つめ、はっとして手を離した。


「失礼しました」


「え、ええ」


 構わないよと言いながらもローラはまだ動揺したままで、依頼主にペースを握られっぱなしだ。


「さすが探偵令嬢さん。マイケルのことを相談したくて来たのですが、早速言い当てられて驚きましたよ」


「ろ、ローラと呼んでちょうだい。探偵令嬢だなんて大袈裟。で、マイケル……様のことで、どんな相談なの?」


「え、ローラ。依頼を受けるのか?」


 レイモンドが不満げにそう言ってくるが、一瞥するだけで無視をした。確かに先ほどまでは面倒くさくて追い払おうとしていたけれど、マイケルが関わっているなら話は別だ。


 ローラはよいしょと姿勢を正す。


 ケビンに向かって「珈琲はお好き?」と愛想よく問いかけ――レイモンドがこれまた嫌そうな顔をした――、3人分の珈琲を注文した。


 パフェもいいかしらと聞くと、ケビンは少し笑って「ご馳走しますよ」と言ってくる。なかなか感じがいいじゃないか。ローラもつられて微笑する。


 何故かますます渋い顔になるレイモンドを横目に、ローラが話を促した。


「で、マイケル様のお話をどうぞ」


 さあ、聞かせておくれ。「攻略対象マイケル」の話を。


 マイケルと同じオレンジの髪色、ローラたちの一学年下とわかる赤色のネクタイ。なかなか整った、それでいて目立ちはしないモブ顔。


 ケビンがマイケルにくっついて回っている友人だと、ローラにはすぐにわかった。


「ローラ様にご相談したいのは、幼馴染みのマイケル・フローレンジールについてです。ご存じの通り、フローレンジール魔法大臣の子息です。その彼が、最近やけに疲れ切っているようで心配なのです」


 ケビンが自身も疲れ切っているようなふうに溜息をついた。


(なるほど……。ふーん)


 そんなケビンとは裏腹に、ローラはにやりと頬を緩ませた。


 魔導士を目指す攻略対象、マイケル・フローレンジール。


 オレンジ色のくるくるとカールする髪に、小柄で中性的な容姿の可愛らしいキャラだ。誰に対しても分け隔てなく人懐っこい様子で、学園でも人気が高い。


 ……のは、完全に表の姿だ。


『は? 雑魚が話しかけるなよ』


 好感度を稼いだあとでヒロインが話し掛けると、ちらちらとダークな素顔を垣間見ることができる。


 のほほんと可愛い枠なのに、病みに病んだ発言をかましてくるマイケルに惚れこむプレイヤーが続出し、「闇落ちワンコ」と信奉する者が後を絶たなかった。ローラも最推しとまではいかないが、相当はまり込んでマイケルルートを周回した思い出がある。


 さて、そのマイケルだが、彼は魔法大臣である父親の素養を引き継ぎ、膨大な魔力を持っている。母親のお腹にいるときから魔力を放出し続けたから、フローレンジール夫人は出産後すぐに健康を害して亡くなっている。


 その罪悪感がマイケルを大きく歪めてしまった。


 魔法量が類まれだ、魔導士としての素質もピカイチだと褒められても、罪悪感から素直に受け取ることができない。


『この力を持った俺のことを世間は誉めそやすが、この力で母上を殺したんだ……』


 魔力の制御に必死になり、無理な研鑽を積んだマイケルは、ついに魔力暴走を起こしてしまう。


 雨風が吹き荒れる嵐の日に、轟々と渦巻く魔力の闇に飲まれるマイケル。そこにヒロインが危険を顧みず飛び込み助け出すシーンが美しいのだ。


(しかも、このシーンを通過したヒロインの光魔法が一番強いのよ)


「……というわけで、マイケル様がことあるごとにどこかに消えるのですが、学園の教室という教室を探しても見当たらなくて。どこで何をしているのか推理していただきたいのです」


「ケビン様が聞いても教えてくれないの?」


 そう尋ねると、ケビンがひどく残念そうに頷いた。


「ええ、そこまで信用を勝ち得ていないのです。早くにお母様を亡くされて、罪悪感も責任感も期待も何もかも黙って背負われてきた方です。おいそれと悩みを相談できないのでしょう」


「なるほど」


「もう少し信用されていれば違ったでしょうが、お恥ずかしながら、今の私には陰から心配することしかできません。きっと無理に尋ねても、明るくあしらわれるだけです」


(ふーん。いい友達じゃん)


 ゲームをプレイしているときは、マイケルは誰からも理解されず、似たような髪色の友人は媚びへつらうだけだと思っていた。


 それがどうしたことか、ケビンはマイケルのことをよく理解しているようではないか。しかもとても優しい。わかり合えばきっといい友人になれる。


「よし、やる気出た」


 ケビンとついでにレイモンドも首を傾げる。そんなふたりを一顧だにせず、ローラはすらりと推論する。


「学園の目ぼしい部屋にいないのであれば、屋外の目立たない場所にいるでしょうね。使われていない門番小屋の裏庭は探した?」


「い、いいえ。さすがにそこまでは。なぜわかるんです?」


「……えっと、


 ――ゲームで見ました! と優越感に浸りたい気持ちを押し殺す。


 ……いなくなった後で服にしわが寄ってひっつき虫がついていたと言ったでしょ。学園でひっつき虫がつくのはあの辺りだけだもん」


 苦し紛れにそういった――あの辺りだけだと言うのは口から出まかせだ――ローラに向かって、ケビンは納得したと頷いてきた。


 ローラはちょっと得意になって、珈琲をぐびりと飲み干した。


(推理ショーはここからよ!!)


 先ほどまで探偵令嬢のあだ名を否定していたのはどこのどいつだ。気づけば満面の笑みを浮かべるローラに向かって、レイモンドはやれやれと肩をすくめた。

マイケルはお姉さんがたがこぞって攻略するタイプ。

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