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窓際話02-1 レイモンドの受難

「ローラ……」


 レイモンドが恐る恐る声をかけても、目の前の令嬢はこちらを一瞥するだけで、すぐに手元の本に視線を戻してしまう。


 何が楽しいのか、次から次へとかび臭い歴史書――しかも、ここまでで大抵の本は読みつくしたらしく、最近では誰が読むんだという難解な書物に手を出し始めていた――を取り出し、ほうほうと興味深そうに読み進めている。


雪こそ積もってはいないが、まだまだ厳しい寒さに身をすくめる人々が窓の外に見えている。


(う……)


 レイモンドは心の中で盛大に頭を抱えた。


 というのも、シルヴィアの依頼を解決してこのかた、ずっとローラがこの調子――どうにも不機嫌でろくに相手にしてくれない――なのだ。


あの後シルヴィアが、レイモンドのクラスにまでに会いに来てくれたので、「ハンカチが見つかった」という報告は既に受けていた。


彼女はレイモンドだけでなくローラにもお礼を言いたそうにしていたが、以前ローラが「もうパフェを奢ってもらったし、お礼も報告もいらない」「あの子がこの喫茶店にくるのは危なっかしい」と言っていたことを思い出し、丁重にお断りした。


あとでローラにハンカチが見つかったらしいと伝えると、いつものように既にそのことは知っていて、不愛想に「だろうね」とだけ言ってきた。


そうだ、そうだった。


シルヴィアがレイモンドのクラスにわざわざやって来たと説明したあたりから、ローラの機嫌が斜め、なんなら垂直降下し出したのだ。


 理由を聞いても「別に」と冷たくあしらわれ、全く取り合ってもらえないのだが、だからといってこのままで良いはずがない。


(まあ、これまでだって大歓迎されたことはないのだけど……)


いつもローラのお気に入りの席に押し掛けている状態であることを思い出して、ますますしょんぼりと意気消沈してしまう。


これ、全く脈がないのでは。いつも面倒ごとを持ち込むせいで、ついに嫌われてしまったのでは。


 そもそもどうしてこんな愛想なしに惚れてしまったのだろう……。


今更後悔しても仕方がないのに、とことんマイナス思考に陥ったレイモンドは、ふらりふらりとおぼつかない足取りでカウンターに歩み寄る。


そこではお目当ての人物、ローラのことをよく知るこの喫茶店のマスターが、まったりと珈琲を淹れていた。


こぽこぽこぽ。


周囲にはふわりとほろ苦い香りが漂い、このゾーンにいるだけで心が落ち着いていく。


「やっほお! レイモンドちゃん元気……じゃないのねん?」


ほわほわと微笑み返すマスターに、最後の望みを託して問いかけた。


「……マスター。俺はどうしたらいんだ……」


「土下座?」


「どうして!?」


 ムキムキと筋肉質で強面な外見とは裏腹に、愛くるしい花柄のエプロンを身にまとったマスターは、にっこりと無邪気に微笑んで即答する。


 反射的に問い返したレイモンドに向かって、マスターはずびりと指差し言い放った。


「だってえ、レイモンドちゃんが他の女の子とイチャイチャ腕を組んでいるから悪いんでしょお? 別のクラスなのに会っちゃったりい?」


 予想外の答えにレイモンドが瞠目する。


 しばらく言葉につかえてぱくぱくとしていたが、ようやく捻り出した言葉がまた情けなかった。


「そそそそそ、それってローラがしし、嫉妬してくれたってこと? まま、マジ? うえっ!?」


 驚愕のあとにはじわじわと羞恥の気持ちが湧き出してきたようで、少しずつ赤くなるレイモンド。よく見れば耳まで赤く染まっている。


 その様子を見たマスターは……


「でもこのままじゃ嫌われちゃうかもねえ?」


 ……と、浮かれるレイモンドを遠慮なく崖から突き落とした。


「どおおおおしてええ!? マスタああああ」


崖下から絶叫するレイモンド。


「だって、ローラちゃんは無自覚みたいだもの。レイモンドちゃんがちゃんと謝って、機嫌も取ってあげないと、恋心が育つどころか消滅するわよん」


 マスターはそう言うと、めちゃくちゃ可愛らしい仕草でバキュンとウインクを飛ばしてきた。


「……消滅……」


 再び絶望の淵に立つレイモンド。


その顔は血の気がなく真っ青で、側から見ても哀れである。明るい雰囲気の喫茶店には不似合いなほどがっくりと肩を落とすレイモンドを不憫に思ったのかなんなのか、マスターが救いの手を差し伸べる。


「贈り物でもしたらどうかしら?」


「何を贈ればいいの……ねえ助けて……」


 今にも消え入りそうな声でレイモンドがそう尋ねると、マスターには「知らなあい」とまたもや即答された。


 がっくりと項垂れる青年に向かって、突然マスターが深みのある大人の男らしい声で言ってくる。


「惚れた子のことくらい自分で考えろよ?」


(う、イケボ。なんだよこいつうう)


 なにも言い返せなくなったレイモンドは、先ほどよりさらに深く、心の中で頭を抱えた。



 ***



 それから数日後の休日。レイモンドはいつもの市場を歩いていた。


 ここ数日の寒さを考えれば、朝から穏やかな陽気の今日は、絶好の買い物日和である。


その分市場の賑わいは格別で、老若男女がわいわいと談笑しながら行きかっており、人にぶつからないように注意を払って歩くだけでも疲れてくる。


今日は必ずローラへの贈り物を見繕う。手に入れるまで帰らないぞ。心の中で決意も強く、拳を握りしめるレイモンド。


レイモンドの命運を賭けた貢物……いや、贈り物選びが、今始まろうとしていた。


マスターが可愛い。それに尽きる。

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