事件簿01-1 転生令嬢は愉悦する
新作です! 本日4話目まで投稿しております!
事件簿01の1-2が短編にあたりますが、ちょこっと内容が違います。
雪が舞い落ちる冬の日。
商人や職人たちが集まる騒がしい市場。色とりどり外套がせわしなく行きかう。
そのメインストリートのひとつ奥――ちょうど帽子屋の角を曲がったところ――に、オークの木でできた分厚いドアの喫茶店がある。
雪がうっすら積もる窓枠越しには、豊かな赤毛を無造作な三つ編みにした女の子が座っているのが見える。
近所の名門魔法学園の制服をまとっているが、ブラウスの襟元を少しくつろげて、ネクタイも外してしまっている。
そんなはしたない着崩し方をするなんて相当な不良で、名門学園に通っているといえど、身分は下の方、せいぜい最近ひと山あてた成金商家の娘か何かだろうと思われていそうだ。
赤毛の女子学生の前にはしおりを挟んで閉じた本と冷めた飲みかけの珈琲、今しがた運ばれてきたばかりのショートケーキが置かれている。
目の前に腰掛けるのは同じ学園の制服を着た青年、レイモンド。こちらはきちんと緑色のネクタイを締めている。ようやくケーキが運ばれてきたのを見て、落ち着かない様子で急かしてきた。
「お望みのケーキが来たんだし、早く推理してくれよ」
「これ食べてからに決まってるでしょ。ちゃんと奢る気あるの? うるさくするなら帰って」
「それはないだろローラ!? え? 帰れってマジで言ってる?」
ローラと呼ばれた赤毛の少女がしっしと手を振ると「ローラってたまにマジなことあるから」とレイモンドは顔色を変えた。
「何それそんなに信用ないわけ? 本気にしないでよ。ちゃんと先にやるわよ」
(で、レイモンドも次から次へとよくもまあ。「依頼者」を連れてくるわね)
だってだってと言い募るレイモンドを完全無視して、その隣に座る男性に視線をびしりと定める。左右の髪をきっちりと撫でつけ、毛先をくるりと左右対称にはねさせていて、見るからに几帳面な印象だ。
本題に入るまでに、やれ今飲んでいる珈琲代を出せ、やれケーキを奢れと言われたわりに、ここまでひとつの文句も言わない。
「……よほど困っているようだけど、なんで?」
ローラがそう声を掛けると、男性は一瞬視線を彷徨わせてから、覚悟を決めた顔で話し出した。
「私はクリージェント魔法学園で事務員をしておりますエリックと申します。この度は『窓際の探偵令嬢』と名高いローラさん? でよろしいでしょうか。お力をお借りして、是非解決していただきたい厄介ごとがございまして……」
誰が言い出したのか、気づけば「窓際の探偵令嬢」と呼ばれていた。
ローラが学園の放課後になると毎日のように、この喫茶店の窓際に陣取って本を読んでいたことには違いない。
珈琲やケーキを見返りに、何かしらの厄介ごとに巻き込まれた人たちに知恵を貸してやることも少なくない。
(ただ、探偵令嬢っていうのは仰々しいんだよねえ……)
名推理もなにも。
――私にとって、この世界は初見じゃないの。ごめんなさい?
ここは前世で汗水たらしてやり込んだ、あの史上最高の乙女ゲーム「あなたはどのイケメンと結ばれたい? 黄金のユリが輝く学園ストーリー」の世界。ファンブックも制作陣のトークライブDVDも全て! 全て買い漁ったんだから!
そう、愛しい愛しい『どのユリ』の世界に転生したのだから、この世界で起こることは全てわかるに決まっている。
「へええ? うちの学園の事務員さんねえ。それは美味しい……」
ローラがにんまりと笑う。
(あああ、このセンター分けくるんヘアーの事務員さん。とっても見覚えのあるシルエット……)
裏設定でもなんでも、徹底的に堪能してやる。
レイモンドがちゃんとやってくれよという視線を送ってくるが、反応するのも面倒臭いのでやっぱり無視する。
大丈夫、レイモンドはこのくらいではへこたれない。強く育ってローラさんは嬉しいです。
ローラはカップを取り上げひと口飲むと、エリックに続きを促した。
***
「……というわけで、私が戸締りの当番の日に限って、食堂厨房の食材が無くなっていると苦情が入ったんです。最初は料理人の数え間違いかと思ったんですが、そんなはずがないって。今度は私が盗んだんじゃないかと責められて。確かにうちはそんなに裕福な家柄ではないですが、盗みなんてしませんよ……!」
エリックは話し終えると、苛立ったようすでトントンとテーブルを叩いた。
レイモンドもちらちらと気遣わしげにエリックをうかがいながら頼んでくる。
「エリックさんは真面目でいい人なんだ。学園でもいつも親切にしてくれる。あらぬ疑いを掛けられているのを黙って見てはいられないよ。ローラ、少し考えてみてくれないか?」
「え? 犯人を捕まえればいいんじゃない? そうね、戸締りをした1時間後にでも、もう一度厨房に行けばいいわ。明かりがついているんじゃないかな」
ローラがさも当然のようにそう言い放つと、エリックがぎょっとして身を乗り出してきた。
「で、でもローラさん! しっかりと戸締りしているはずなんです。それも毎回きっかり同じ時間に! 鍵も壊されていないんですよ? 誰かが中にいるなんてあり得ません!」
「あ、たぶん予備の鍵を失くした事務員がいるわよ。そうね、ちょっと太ったおじさんがいるでしょう? その人に、この前鍵を失くさなかったかって、……例えば花壇のあたりでとかで。適当にかまをかければ白状するわよ」
あとは犯人捕まえたら煮るなり焼くなりすればいいじゃんと言って、ローラはケーキにフォークをぶすりと指した。大ぶりにすくい取ったそれを愉快そうに口に運ぶ。
エリックは釈然としないようだが、ちょうど明日だし厨房に行くなら付き合いますよとレイモンドが宥めている。
(だってこの髪型の事務員だけが時間通りに戸締りしにくるから、その後を狙って侵入しているのよ……「ヒロイン」が)
「他の事務員だと、いつ厨房に来るかわからなくて困るのよ。それじゃあ上手くクッキーが焼けないんだよねえ」
あれこれ話し合っている向かいのふたりには、聞こえるか聞こえないかの大きさで呟く。
ばらしてしまってヒロインは恨むだろうか? エリックに上手く言い訳をしなければ、もう厨房を使わせてもらえなくなるぞ。可哀想に。
でも、ローラだってケーキを奢ってもらってしまったのだから仕方がない。たぶん。
「放課後はいつもここにいるから、どうだったか教えてね」
気楽な調子でそう言うと再びケーキに向かう。
「まあローラさんがそういうなら信じましょう。この辺りで窓際の探偵令嬢は有名ですからね。事情を聞いただけで、『まるで見たことがあるかのように』真実を言い当てるって」
「そうなんだよ! ローラって愛想はないけど推理は本物なんだよ!」
「は? レイモンドは私に喧嘩売ってんの? 表に出ろ」
「いやいやいやいやローラ待って違う、完全に誤解!」
砕けた口調で言い合っていると、エリックがクスリと笑う。
「レイモンドくん、明日は頼みます。ではローラさん、答え合わせはまた明日にでも」
多少すっきりした様子で立ち去るエリックに、ローラは小さくうなずく。
ヒロインはびっくりするんだろうなあ。いや、エリックさんの方が驚くかも。明日のことを想像すると、ローラの相好が自然と崩れる。
楽しい、楽しすぎる。
みんな初見なのに、自分だけ通過済みのこの世界!
転生令嬢は今日も元気に愉悦する。
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