テンサイの苦難
『論より証拠』というのは馬鹿が考えた言葉だと『クー』は思う。
これをおにぎりに例えよう。
適量の塩と米が合わさった時は絶妙な旨味を出すが、塩分が多ければそれはただのしょっぱい食べ物にしかならない。
だが、食べる人が疲れている場合は異なる。
汗という塩分を消費し、それを欲するために塩が多めの塩むすびを食べることで補う。そして疲労からの相乗効果でしょっぱい味が美味しく感じる。
『クー』が思うにその感覚こそ錯覚であり、確かに塩分を欲する体に対して塩分を補給することは理にかなっていても、それが『美味』と感じるのはまた別の話だろう。
「このヤスリに鉄をこすり合わせれば……よし、火花ができる。早急におがくずを集めよう」
科学とは全てがつながっている。感情論だけで証明ができるなら人々が全員役者になれば万事解決である。神に祈れば願いが叶うなら人類すべてが神を信じ願うだろう。
木を細かく切ったおがくずに先ほどの火花を付けると、そこから少し明かりが見えた。
「よし、ここから少し風を加える。燃え上がったところにこの蝋燭をつける」
全て自分で一から作った蝋燭やおがくず。『元々住んでいた世界』であれば百円で購入できたであろう物も、ここでは全て自分で作る必要がある。
「ついた!」
蝋燭に火が灯り、それはゆらゆらと揺れ始めた。ほのかに温かいその炎はクーに安らぎをもたらしてくれる。
トントン。
扉から音が鳴った。
「誰かな?」
『フォルトナさんですよー。全くか弱い女性にお使いなんてひどい上司を持ったものです』
おっと、『クーの上司』の側近が物を運んでくれたのか。
「入ってくれ」
そう言って扉は開き、そこから綺麗な女性が入ってきた。両手には少し大きい箱を持っている。
「おや、火遊びとは珍しいですね。いつもは何か物を書いている印象があったのですが」
「あれはこの世界で可能な事を全て記録していたんだ。火を作ることができるなら色々できる。料理に工作。それらはこの町の発展には必要不可欠だろう。幸いにして材料は豊富。そして何とか得た地位を活用して発展させなければ生きていけないのさ」
「そうなんですか? えっと、でも……」
そう言って。
フォルトナは右手から小さな火を出した。
「『魔術』があるので別に苦労して火を出す必要は無いかと」
論より証拠。
魔術という存在を知ってからはクーはこの言葉を馬鹿にできなくなった。
水が無ければ地中を掘ってビニール製のシートを張って蒸発した水分を付着させて集めるという原始的な方法や、川へ行ってその水をろ過させ飲み水にするなどを考えたが、彼女たちは違う。
『魔術で出せば解決じゃないですか?』
科学が役に立たないこの世界で、クーの存在意義は何だろうか。
マリーアントワネットの言う『パンが無ければケーキ』という言葉が頭を過る。いや、あれよりも酷い。『火が無ければ出せば良い』という科学や論理を超えた存在を目の当たりにしたクーは今日も肩を落とした。
☆
「そう落ち込まないでくださいよクアンさん。クアンさんの知識はワタシの主人も一目置いているんですから」
「ささやかなお世辞はかえって悲しくなるだけだと言っておこう。この世界では地球で長年培われてきたものを一転させる物ばかりで、クーは正直お手上げだ」
クーと先ほどの女性フォルトナは気分転換に散歩を始めた。
この世界は俗にいう『天国』とでも言おう。クーはある日突然この世界に転移し、そしてこのフォルトナの上司に当たる人と交渉し、こうして家までもらって生活をしていた。
幸いにしてクーは自分で言うのも変だが知識だけはある。それを使ってこの文化が無い世界に技術を与えようと思い、フォルトナの上司に交渉してクーも下に就いた。
「例えばフォルトナ。君は今小さな植物を踏んだね」
「え? あ、と言っても雑草ですよね」
「そうだ。雑草でも二酸化炭素を吸って酸素を吐き出す。少量の酸素であれば人間にとっては必要不可欠の存在でもあり、君はそれを見事に踏んだのだ」
「超重罪じゃ無いですか!」
そう。このフォルトナはこの世界の人間で、地球の知識を知らない。いや、科学を知らないと言うべきだろう。
「まあ、沢山あるうちの一つを踏んだ所でそうそう変わらない。だが、その雑草一つが元の状態に戻るまでは数日から数か月はかかる。光合成や成長を繰り返し、そしてほぼ元通りというわけだ」
「はあ、でもこうすれば一瞬で元通りですね」
そう言ってフォルトナは雑草に魔術を使った。
「植物の成長を早める魔術……という都合の良い物はありませんが、『治癒魔術』で傷ついた部分を修復すればーほら、元通り」
「はあ、それがクーにとってそれがどれだけありえない事か」
クーの描いていた魔法というモノがある世界は、技術や文化は乏しく、そして地球の近代的な技術や数学は凄まじく高位な物として重宝される……と思っていた。
家を建てるにはかなりの時間と労力がいるはずなのに、彼女たちはほんの一瞬で『魔術』とやらで家を作る。
ただの土の小屋からそこそこ立派な石で作られた家など、魔力次第で色々作れるらしい。
もちろんクーは何か穴は無いかと探ったところ、日本特有の木造建築は魔術で作れないらしい。一応植物を操る魔術を使えば雨よけくらいは作れるだろうが、三角屋根の立派な一軒家は作れない。
しかしフォルトナから言われたのは『少しでも火がついたら燃えて消えそうですね』だそうだ。
本来クーの世界では考えられない。そもそも火をつけるという行為には道具が必要である。しかし彼女たちは念じるだけで火を放つことができる。このあたりの考えの違いにクーは何度もくじけそうになった。
文化の異なる外国人との交流と思えば無理やり自分を言い聞かせることができるが、話が異次元過ぎてクーの頭では追い付かないのが現状である。
クーの住んでいた世界は少ない力をやりくりして大きな力に変化させ、時間をかけて得たのが技術という名の秘宝だとすれば、この世界は大きな力で苦労せずにすでに色々と解決でき、技術が得られなかっただけの事なのだ。
「あ、美味しそうなキノコですね。食べれるかな」
「それは毒だ。まあ君なら食べても大丈夫だろう」
「酷い!」
実際『普通の人間なら』死んでしまう。が、彼女たちは毒を簡単に癒せる。クーとしてはその毒が浄化される状態をサーモグラフィーやエックス線を使って動画で見てみたいところだ。
「なんだか難しい事を考えているみたいですけど、クアンさんは十分活躍してますよ?」
「ぐっ」
そして何より彼女はクーの『心を読む』。これが一番理解できない。読唇術や精神的な物でもなく、魔術とやらで読み取る。もうただの人間は役に立たないのではと思った。
「魔力だって有限なんです。川の水を飲み水に変えて負担を減らしたクアンさんはそれだけで偉大ですよ」
「先人の知恵を借りたまでだ。浄水場を作る場所と材料さえあればこれくらい簡単にできる。唯一クーには腕力とは無縁だから、最終的には皆が成し遂げた物でもある」
「謙虚なのか難しい性格なのかわからないですよね」
負けず嫌いではある。それは認めよう。
今までクーは一目見た瞬間原理がわかるほどの知恵と洞察力があると自負してきたが、魔法とやらは本当に理解できない。いや、彼女たちは『魔法』と『魔術』を別々に考えていると言っていたな。まあクーにはどうでも良い。理由は単純でクーにはその『魔術』とやらが使えないからだ。
念じれば火が出るなんてもしそれが可能ならば石器時代の時点で鉄は作られ、料理という文かは今の数百倍発展していただろう。
「いや待てよ。それでは先ほどのクーの考えを否定してしまう。魔術とやらがあれば技術の進歩は止まり、この世界のようになってしまうのか。ふむ、地球とこの世界を足して二で割った世界が無いものか」
最初から便利すぎては文明は進まず、逆に最初は何も無ければ知恵がつく。ふむ、これはなかなか良い答えにたどり着きそうだ。
「クアンさん、また口から声が漏れてます。また難しい事を考えていたのですか?」
指摘され気が付く。が、クーは別に悪い事を考えているわけでは無い。そもそも常に心を読まれている状態の今、声を出そうが出さないだろうが同じ状況である。
「そもそも心を読み解くという行為に何の意味がある? 常に相手の心を読まないと不安なのかね?」
「ワタシが読むのは考えです。そもそもクアンさんの発する言語は理解できないので、相手の心を読み解くことで理解しています」
「ふむ、つまり喜怒哀楽や考えの言葉を読み解くのではなく、それを君の言葉に変換した何かで読み解くと……ますます魔法とやらはよくわからないな」
「だから魔術ですって!」
どっちでも良い。だがこれでまた一つ謎が増えてしまった。にしても心を読み解く術があれば通訳という職業は消えてしまうだろう。魔術がもし地球に途中からぽっと現れたら、一体いくつの職種が無くなるのだろう。
「魔術に興味があるのですか?」
「無いわけでは無い。クーは常に探求の心を持っている。知らない物を知らないままにするのは馬鹿のすることであり、完全な無知と見てみぬふりをした無知は遠い存在だと思っているよ」
「でしたら図書館に行きましょう。最近ミリアムさんが作った図書館があるので!」
☆
ミリアム。
クーの上司でありフォルトナの上司でもあるこの世界の……何だろう。
王様というわけでは無く、かと言って頂点というわけでは無い。
この世界は彼女曰く最近作られた場所であり、そこにクーは流れ込んだらしい。
クーやフォルトナ以外にも沢山の死んだはずの人間が存在するらしい。つまり探せばかつての偉人も見つかるのでは? とも思ったが、それを探すには地平線の先まで歩く必要がある事に気が付き、断念した。
「おや、クアンにフォルトナ。どうしました?」
水色髪の女性が一冊の本を持って立っていた。読書中だったのだろうか。
「読書中失礼するよ」
「かまいませんよ。クアンさんがここに来るのは珍しいと思いました」
「それはどういう意味だろうか? 本は知識に溢れている。むしろクーはここに何か月も住む自信さえあるよ」
「今までしなかったので」
「流石はミリアム女史。クーは知っていることに関しては知る必要が無いと思い調べるという行為をしないだけだ。無から有は好むけれど、わざわざ有を有にすることはしないのだよ」
「簡単に言ってくれる?」
「クーは復習が嫌いなのさ」
一度見れば分かる。そして記憶する。単純でありそれが答えだ。確かに他の人は勉学をする上で復習や予習をして物事を忘れないように努力するが、クーは脳みその出来が異なるのか忘れることは無い。
「ではその博識のクアンは一体何の御用で?」
と、ミリアムがそう質問したタイミングでフォルトナが一冊の本を持ってきてくれた。
「クアンさんはこれを読みに来たのです」
「魔術? でも貴女の世界で魔術は存在しないのでは?」
「存在しなければ『魔術』という言葉は存在しない。伝承として残っていてそれが本当かどうかが不明なだけだ。が、この世界ではそれが真実である以上魔術の原理は知っておくべきだと思ったのだよ」
「ふーん、まあ知ることは良い事ね。もし疑問があったら言ってね。こう見えて魔術の研究を『あっちの世界』ではやってたのよ」
「見た目クーと変わらない十五の少女のセリフとは思えないが、残念なことに魔術に関しては点でわからない。その際はお世話になろう」
そう言って本をめくる。
「魔力を念じ自然界の物質と調合させ実体化させる。その魔力は体内に眠る魔力核からあふれる力である。ふむ、理解不能だ」
「あのクアンさんが『理解不能』と言いましたね。これは重大だ」
「口を慎みたまえフォルトナ。クーはこの意味不明な本の文章に対して言ったまでだ。誰だこの本を書いた者は」
著者:ミリアム
「ふむ、実に素晴らしい文章に涙が出てきた。例えるなら今日のご飯のスープはクー好みに薄味にしてくれて、実はクーの体を思って作ってくれていたという事実を十年後くらいに知らされたヒューマンドラマくらい感動的だ」
「おほめに預かり光栄ね。さて、燃やされる場所を言ってくれればパッと燃やすわよ?」
「待ちたまえミリアム女史。今のは失言だった。というのもクーにとって魔力は未知の存在であり、理解できない。クーの体内に魔力とやらが少しでもあるならば頭を地面にたたきつけて謝罪しよう」
「うーん、残念。面白そうな謝罪風景を見たかったけど、残念なことにクアンの体内には魔力が全く存在しないわね。そもそも魔力が全く無いのにどうやって生きているの?」
ふむ、今の質問は実に興味深い。
「心臓と肺。そして血液。詳細な説明は省くがそれらが組み合わさって生きている。そもそもミリアムの世界では魔力が無くなれば息絶えるのか?」
「そうね。魔力を全て使い切って亡くなった人は沢山いるわ」
魔力を持つ人間は魔力と臓器が何かしらの連動をしているのだろうか。これまた意味不明である。そして魔術を使うには魔力が必要。
「命を削って魔術を使うほどそちらの世界は殺伐としているのだろうか?」
「半分正解ね。魔力は食事や睡眠で回復するから命を削るというほど大げさなものでは無いわ。ただ、争いはあるわね」
とは言えクーの世界も戦争はある。巨大な重火器やミサイル等が飛び交い、それで死んだ人は何億人だろう。
「ちなみにミリアム。軽く火を出してみてくれないか?」
「え、良いけど。こうかしら?」
ポッとミリアムの右手から火が出た。いつ見ても不思議な光景であり、本当にファンタジーである。
「ふむ、ふむ、ふむ。もう大丈夫だ。魔力と体内の関係性は仮説だらけだがある程度繋がる」
「今のを見ただけで?」
「答えは単純。クーたちの世界では息を止めれば酸欠になる。それと同じでミリアムの世界では魔術を使うと体内の血液や心臓に何かしらの影響を及ぼす。魔力を使いきる頃には心臓が耐えきれず機能停止に至り亡くなるのだろう」
「たったこれだけでわかるの?」
「仮説だらけさ。そもそも魔力を酸素に置き換えたり、電子に置き換えたり等を考えて出た結論であり、今のはただの『戯言』に過ぎないのだよ」
そう言ってクーは本をパタリと閉じた。
「実に有意義な時間だった。ミリアム、感謝しよう」
「それはどうも。まあ、しばらくまだここに居るから用があったら来てね」
一礼しそして外へ出た。
☆
「ワタシが言うのも変ですがミリアムさんも相当頭が良いと思うのですが、クアンさんはそれを上回るくらい頭良き人ですか?」
「クーはただ知らないという事が嫌いなだけさ。未知との遭遇は何よりも良い物だ。それ以外はただの浪費に過ぎない。例外として好物のコロッケだけは何度も食べてしまうがな」
「油を使った料理ですよね! クアンさんがいなかったらこの世界は今頃肉を焼いただけーとか野菜を焼いただけ―ってなってましたよ」
クーがこの世界に来て一年以上。森などから種を見つけ、早急に小麦を作り、植物から油を取り、そしてジャガイモも何とか作ることができた。最初のコロッケの味は今でも忘れないほど美味しいと感じたものさ。
「ふむ、コロッケと言えば、他の世界の料理事情も気になる所だ。原始時代から火や水が自由に使えたのなら料理文化は地球よりも進んでいるに違いない。究極のコロッケができたんじゃないか?」
「無いわけでは無いですよ? それは『世界によります』」
「ほう。つまり他にも色々な世界があるということか。クーはまた知るべき事実を知ってしまったようだ」
「しまった! 忘れてくださいー!」
肩を掴んでブンブン振り回すフォルトナ。そうやっても記憶というのは簡単に無くならな……はて、先ほど何か大事な事を聞いたような。
「ふふーん。『記憶消去』です。クアンさんが聞いてしまった事実はワタシの魔術で消去させてもらいました」
「凄まじく恐ろしい技を持っているのだな。知的財産という言葉を知らないのかね。いや、使い方は間違っているが」
忘れるという感覚を味わったことが無いクーが、初めて忘れるという行為をしてしまった。これが忘れるという感覚なのか。
「ふむ、だが非常に残念だ」
「どうしてですか?」
「……ふむ、別の世界について何か話したのだな」
「ええ!? 何で!?」
驚くフォルトナ。まあ、こればかりは仕方が無いだろう。
「仮説と仮説を重ねてカマをかけただけさ。料理事情までの記憶はあり、その会話からあらゆる会話パターンを考え、それを枝状に分岐させる。フォルトナの性格上どれが一番話し出すかを考えた結果がこれだ。樹形図という絵を一度見せてあげようか?」
「ううー、クアンさんは魔術を超える力を持っているのですね。末恐ろしいです」
ふむ、今の発言……。
「知識は魔術よりも力関係は下なのだろうか?」
「へ? というと?」
「そのままの問いだ。フォルトナは先ほど『魔術を超える力』と言った。力とは今の話の流れでは『クーの知識』もしくは『クーの頭脳』だろう。つまりフォルトナは魔術の方が力関係が上で、知恵は下という認識になる。その根拠が気になる」
「いや、深い意味は無いですよ? 知識って実体化しないじゃないですか。でも魔術は火や水などで実体化して危害を加えることができます。そういう意味です」
「なるほど。言いたいことは分かった。実体化しているものと実体化していない物の違いか。しかしフォルトナ、その考えは政界でもあるが間違ってもいる。君はこのクッキーをどうしたいかね?」
そう言ってクーは鞄からクッキーを取り出した。
「食べたいです! 美味しいですよね!」
「これは知識から生まれた産物であり、もしそれらの技術がなければ生まれなかった。海から生物は生まれ星々が生まれるのと同じく、知識から物質が生まれるということもある。つまり魔術の根源は知識であると仮定もできよう」
「あうう、なんだか長々なと難しい言葉を」
「まあ、フォルトナの言いたいことも分かる。相手が巨大な鈍器を持っていた際、知識だけで相手を圧倒することはほぼ無いだろう。ほら、面白い仮定を導き出せたお礼だ」
そう言ってフォルトナにお菓子を渡す。
「わーい! はむはむ。それにしてもクアンさんはどうしてそれほど色々な物事に興味が持てるのですか?」
「先ほども言ったろう。知らないという感覚が嫌なだけだ。知識を得るのは人間の特権であり、それは全員に与えられる」
「例えば嫌いな知識とかは無いのですか?」
「嫌いな知識?」
食べ物ではなく知識?
「人間は戦争や犯罪は嫌いだと認識しています。クアンさんはそれらすらも調べ上げるのかなって」
「当然だ。戦争は知れば知るほど奥が深い。そして人間の欲望もそこから感じることもでき、少なからず産業の面では一役を買っている。犯罪も人間の思考回路を読み解くゲームだ。どのような薬品を使い、どのような行動を取ったかという情報は知識として頭に入れて損は無い」
「それって将来役に立つのですか? クアンさんってまだ十代の少女ですよね?」
「ふむ、フォルトナのように半永久的に生きていける者にはわからないだろうが、人間のように限りある命の場合はいずれ来るであろう選択に見舞われる。知識を使うかどうかは別として可能性の一つとして覚えるのは財産なのだよ」
そしてクーは右手にクッキー。左手にジャガイモを持った。
「ここに来てクーはお菓子を初めて作った。そしてジャガイモも初めて作った。これらの知識は将来使うかもしれないし使わないかもしれない。だが、お菓子を作る職業に就くか農業に勤しむかという可能性は生まれるわけだ。人間というのはこうして生きているものなのだよ」
「はあ、十代の少女が人生を語っても説得力が無いですね」
「今のは気になる言葉だぞ。生きた時間が長ければ良いと言うのは馬鹿の考えだ。もしそうならクーは学びをやめて五十年間森で生活する。大事なのはその時間で得た信頼や知識で、偉い人とは言葉通り『偉い』から偉い人なのだよ」
学校の先生は『先』に『生きた』方……とはクーの考えだが、先人の知恵というのは馬鹿にできない。もちろん偏りもあり全てを肯定できるわけでも無いが、それでも本当の意味で何も無い状態から何かを生み出した先祖こそ『偉い人』であり『先生』だとクーは思う。
「クアンさんは知識を得ることが趣味みたいな感じなのですね」
「趣味か。確かにそうかもしれないな。君のような『神様』はどう見えるかわからないが、クーにとって知識を得ることこそ満たされる瞬間でもある」
フォルトナは運命を司る神様……と自己紹介された時は鼻で笑ったものだ。神様という概念が視覚的に見えるとは思えなかった。
が、実際にその力を見せてもらった。
運命を操る力を使って実際にクーは足の小指をタンスにぶつけたり、何もないところで転んだ。それはクーの計算では到底導き出せないものであり、信じざるを得なかった。
「ちなみに知識を得ることで後悔したことってありますか?」
「ふむ。一つだけあるな」
そう言ってクーは自分の胸に手を当てた。
「この体はあと八十五年で終わる。自分で自分の寿命を計算できてしまった時の絶望感はすさまじい物さ」
その言葉にフォルトナは驚いた。
「凄い! 本当にぴったり八十五年です。運命の力を使って無いのにどうしてわかったのですか?」
「心臓の鼓動の速さとここ一年の平均の鼓動。そして肌の劣化。それらを計算すれば暫定的に導き出せる。クーはこの八十五年という短い歳月で何ができるかを常に考えているのだよ」
死後の事は考えていなかった。しかしいざ死ぬ時間がわかってしまうと恐怖すら覚える。
「ではざっくりと千年くらい寿命を延ばしますね。てい」
……ん?
今、何をした?
「あ、クアンさんの知識はミリアムさんも必要としてます。なのでワタシが『運命的に』寿命を千年ほど伸ばしました。偉いでしょー」
胸に手を当ててみたが……いや、特に変化は無い。
「大丈夫です。運命的になので、多分ゾンビとかになると思います。もしくは悪魔とか?」
「君は一体……いや、本当によくわからない世界にクーは招待されたものだ」
怒り……いや、今はそれよりも喜びが沸き上がってきた。
クーに残された時間が約八十年から約千年に伸びた。つまり千年という長い時間をかけて世界を計算できるということだ。
「運命の神フォルトナよ、もしクーの身に何も変化無く八十五年後に死んだ場合は責任を取ってもらおう」
「安心してください。それは『絶対に』ありえません」
「証拠は言えるかね?」
「運命的にそうなります。その時間になればわかります。あまり言うと未来が変わるので言えませんが、八十五年後にはきっとクアンさんはワタシに負けを認めますよ」
「ふふ、そうか。ではその時クーが一番嫌いな言葉を言ってあげよう」
論より証拠だったなと。
了
ご覧いただきありがとうございます!
今作品はつらつらと主人公クアンが内なる悩みを書いた小説となります。
知り尽くしている、もしくは分かってしまう頭脳を持ってしてもファンタジーにはどう抗うのか。そんな物語となってます。
今作を少しでも楽しいと思ってくださったら幸いです!