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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第九章 笑天下過激団
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9-1話 説教を、始めようとした矢先

 翌朝9時すぎ。


 黒スーツを着た鉄太と開斗は、南港ポートタウン線で中ふ頭駅を目指していた。テレビとの契約に関して金島に連絡しなくてはならないからである。


 別に電話で事足りるような気もするが、今回に関してだけは有りだと鉄太は思った。


 もし、こじれて話が長くなれば、藁部(わらべ)から招待された午後の舞台に行かなくて済むかもしれないからだ。


 南港ポートタウン線はAGTと呼ばれる、ゴムタイヤで走る小さな電車である。


 主にポートタウンの住人の足として利用されているが、毎年巨額の赤字を垂れ流しており、通勤時間でもないこの時間には乗客はほとんどいない。


 鉄太はロングシートを独占するかのように大の字になって眠っている。眉間にシワをよせ、歯を食いしばっているその寝顔は、ここ最近続いている精神的疲労によるものであろう。


 対して、開斗は鉄太から若干離れた場所に座っており、あちらこちらに向かって小さく手刀を振っている。


 (はた)から見て意味不明なその行動は、不審者を通り越してヤバイ奴としか言いようがない。


 無論、彼の行動は意味あってのことである。


 開斗が何をしているのかというと、笑気を打ち出して、その反射具合を視ることで物体を認識しようとしているのだ。


 昨日、オホホ座の楽屋で発見した現象であるが、昨晩は宴会のため検証できなかった。なので、今、人のほとんどいないこの時を利用して色々試していた。


「ちょっとカイちゃん、いいかげんにしてや。それやるのはええけど、ワテに当てんどいてくれるか?」


 睡眠の妨害をされて鉄太は堪らず声を上げた。


「スマン、スマン。でも色々発見したことがあるんや。聞いてくれるか?」


 嫌だと言っても、どうせ無理やり聞かせて来るだろう。相方の性格をよく知る鉄太は聞くことを承諾した。


 開斗が言うには、部屋などの狭い場所では、人の笑気を利用した方が手っ取り早く空間を把握(はあく)できるが、広い場所では拡散してしまうので上手くいかない。


 一方、自分の百歩ツッコミを放つだけの場合は、笑気を遠くまで飛ばせる代わりに、把握できる範囲は極めて小さいということと、遠くになるほど、物体の形状が曖昧(あいまい)になるということである。


 ただし、視えるのは一瞬だし、色も当然分からない。水風船をぶつけた時に水が飛び散るみたいというのが比較的近いかもしれないとも言った。


「スゴいやんカイちゃん。何ならその技使(つこ)うてテレビに出られるんちゃうか?」


「アホ言うな。ワイは漫才師やで。珍獣みたいな扱いでデレビでるのは真っ平や」


 開斗は鉄太の提案をにべもなく断った。しかし、そんな断り方をされるのであれば、鉄太にも言いたい事があった。


「そんなんワテかて一緒や。なんでワテがド変態の扱いでテレビでなアカンねん」


「もう決まったことやろ」


「何も決まってへんわ!」



 互いの主張は平行線のまま終わり、金島屋の事務所にやって来た鉄太と開斗。彼らはヤスの案内で応接室に通され金島を待つ。


 その間、開斗は飽きもせず手刀ツッコミをそこかしこに向けて放つ。


 いい加減にしてくれと思いつつ、鉄太は始球式の件について考える。


 もし、このまま話が進めば、野球ボールをぶつけられて喜ぶド変態としてテレビ放映されてしまう。なんとか避ける方法はないだろうか。


 でも、開斗が絶対やりたいと主張しているので、()めさせることはまず無理だ。


 でも、自分がキャッチャーをやらされている理由は、目の見えない開斗にとっての(まと)。笑気を放っている(まと)でしかないのだ。


 よく考えてみたら、開斗はフーネと始球式が出来ればいいのだから、テレビの企画だけ断ればいいのではないか?


 最悪、キャッチャーをやるにしても、ミットとプロテクターさえあれば、我慢のできる範疇(はんちゅう)だろう。


「痛ッ。ちょっとカイちゃん……」


 考えているところに百歩ツッコミをかまされ、苦情を訴えようとした時、ドアが開き金島が入って来た。


「ここに黒スーツで来るとは珍しいのぉ。そんな重大な案件か?」


 金島は開口一番にそう言うと奥側の一人用ソファーに腰を下ろす。どうやらヤスは来ないようだ。


「ちゃうわ。この後、仕事があるからや」


 開斗が金島に答える。


 しかし、その答えは正確ではない。


 今日の夜は笑パブの仕事があるのでウソではないが、黒スーツの理由は笑天下過激団しょうてんしたかげきだんの舞台公演を見に行くためのオシャレである。


 金島は特に返事をせずに、タバコに火を付けながら話し出した。


「そう言えば、こないだの欣鉄(きんてつ)の始球式の件じゃがのぉ、アッチから断わりの電話が来たぞ」


「……そう……ですか」


 先ほどまでの快活さは消え失せ、肩を落とす開斗。


 逆に、鉄太は踊り出したくなるほど気分がスッキリした。


 一番丸く収まる方法で問題が解決したのだ。


 普通に考えてみれば、始球式で勝負などフーネ自身になんのメリットも無いことである。


 万が一、盲目の素人に負けたとあっては元メジャーリーガーとしての面目は丸つぶれだ。断られて当然だったのだ。


 金島は一服吸ってから話を続ける。


「一応理由を聞いてみたんじゃがの。なんでも、同じような企画がテレビ局から来て、今回はあっちを採用するとか言うてたのぉ。素人のド変態とかワケの分からんこと言うとったな。(おどれ)ら素人に競り負けて……」


 説教を始めようとした矢先、二人の感情が激変したことに気づき、金島は言を止めた。

次回、9-2話 「まぁええわ、好きにしたらええやろう」

つづきは9月18日、土曜日の昼12時にアップします。

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