8-7話 遮られ、断ることを封じられ
夜9時過ぎ、鉄太と開斗は、笑月町のアパートに藁部と五寸釘を連れて帰って来た。
途中、スーパーによってお好み焼きの食材を買ったので、荷物が結構なことになっていた。
「お邪魔します~~」と言いながら五寸釘と藁部が玄関に入ると、1号室のドアが開き、住人の日茂が顔を出した。
「こんにちは。今日も……」
五寸釘が彼に挨拶しようとすると彼は後ろを向き、二階にも届くような大声で叫んだ。
「姫や~~!! 姫がお越しになったで~~!!」
すると、他の部屋のドアが一斉に開き、2号室から新戸、3号室から鷺山、4号室から羊山、5号室から醐味が出て来て廊下に整列する。
そして日茂の「姫様!」との掛け声の後に、「「「「お帰りなさいませ!」」」」と唱和した。
あっけに取られる鉄太をよそに、日茂は「お荷物お持ちします」と五寸釘と藁部が持っていた食材の入った買い物袋やカバンを引き取った。
そして、鉄太ら4人が8号室に向かうため廊下を進み彼らの目の前を通り過ぎると、一人ずつ最後尾に連なって付いて来た。
2階に上がると、1階と同様に、6号室の前に武智、9号室の前に、九頭、10号室の前に鳥羽が直立しており、五寸釘と藁部に対して「お帰りなさいませ」と唱和した。
あらかじめ訓練でもしたのか実に統制が取れていた。鉄太はパンパンのショルダーバックのことを棚に上げて、彼らのタダ飯に対する執念に脱帽する思いであった。
8号室に電気はついておらず、月田はまだ帰って来ていなかった。最近彼の帰りは遅い。今日もヤスとネタ合わせをしていると思われる。
鉄太ら4人と荷物を持った日茂が部屋に入る。
鉄太と開斗は居間で黒スーツから普段着に着替え始め、日茂は荷物を下ろし、買い物袋から食材を取り出す。
五寸釘と藁部はエプロンを掛けようとしている所に鳥羽が話しかける。
「二人とも今日はえらく綺麗なおべべ着てるな。もしかしてデートか?」
「ご想像にお任せします」
五寸釘がそう答えると、廊下の住人たちが一斉に「オーーッ」という声を上げると共に拍手をした。
「なんの拍手や! 仕事や仕事。デートやあらへんからな!」
鉄太は着替えながらツッコむが、住人たちは彼の言う事など聞く気がないようであった。
姫扱いされてテンションが上がったのか、藁部が彼らに向かって叫ぶ。
「今日はウチがみんなに、お好み焼き食べさせたるわ!」
『ははーーーっ』
その言葉に住人たちは廊下で平伏した。
笑月パレスでお好み焼きパーティーが始まった。
最初は藁部と五寸釘が作っていたのだが、申し訳ないからと、日茂が彼女たちを言いくるめ、新戸と九頭に作らせて、二人を鉄太と開斗の隣へ座らせた。
また彼は、タダ飯のお礼にショーを披露すると言い出した。
すると、鳥羽がドアの前に現れ、「エントリーナンバー1。鳥羽駆太郎。咲神競馬場の予想屋中島さんをします」と、知らない人の物マネを始めた。
そして、日茂の司会のもと、住人たちがドアの前で入れ代わり立ち代わり一発芸や小話を披露し始めた。
どやら彼女たちにコレを見せたいがために、お好み焼き作りを交代したようである。
住人たちの芸は所詮素人なのでクオリティーは推して知るべしなのであるが、少人数の宴会でもあるので、しょーもなくても酔いが回ってくれば盛り上がる。
小一時間が経った頃には、何を言っても爆笑するように笑気が満ちていた。
「ちょっと、ちょっと、今日はエラく盛り上がってますやん」
そこへ月田が住人をかき分けてやって来た。
部屋に入ってこようとする彼を開斗が制止する。
「待て待て月田! コッチ来たかったら、何かせい!」
「え!? どういうコトっすか?」
戸惑う月田に、一発芸をやっていることを、日茂が手短に説明すると、彼はファイティングポーズを取って宣言する。
「じゃあ、サンドバックやるっす!」
そして、「1! 2! 3!」と掛け声と共に3歩後ろに下がり、「3度バック!!」と叫んだ。
素面であればクスっとする程度でのギャクでも、今この場所では大爆笑が起る。
月田は鳥羽から、賞品のお好み焼き一切れを皿でもらい、開斗から居間に入ることを許された。
「丑三つの姉さん、お久しぶりっす。こないだはどうもありがとうございました」
月田は五寸釘と藁部に、以前カンパをしてもらった礼を述べた。
「ええねん、ええねん。それより相方とどんな感じ?」
「今日、やっとコンビ名決まりましたわ。ちなみに〈ゴールデンパンチ〉っす」
五寸釘の問いに月田は胸を張って答えたのだが、開斗が「ネタは?」と聞き返した。
「いや、これからっすけど……」
「ライブまで1カ月ないぞ。言っとくけど、今みたいなネタがライブで受けると思ったら大間違いやで」
月田が凹んだところで、そろそろ終電も近いのでお開きにとなった。
五寸釘と藁部を笑月パレスの住人らは花道を作って送り出す。鉄太と開斗は駅まで一緒に付いて行けと鳥羽らに追い立てられ、彼女らのエストートに付く。
いつもの男女のペア2列となって守口駅を目指して歩く。
地下鉄の入り口まで来ると、五寸釘と藁部は歩みを止める。鉄太と開斗は「気ぃつけてな」と別れの言葉を口にしたが、彼女らからは返事がない。
どうやら五寸釘が藁部に何事かを促しているようであった。
嫌な予感を覚える鉄太。
五寸釘にせっつかれて、藁部はポーチから封筒を取り出すと鉄太に手渡した。
(まさかラブレターか!?)鉄太は凍り付くが、そうではなかった。
「笑天下過激団のチケットや。前、ウチらの舞台観たい言うたやろ。ゴールデンウィーク公演でウチらも舞台に出るから……」
彼女の言葉に鉄太は混乱する。そんなこと言った記憶は一切ない。開斗の方を見ると、彼も五寸釘からチケットを渡されていた。
鉄太は封筒から取り出したチケットを見ながら、なんとか断る文句を考えいたら、日付指定が明日の午後1時になっていることに気が付いた。
心の中でガッツポーズをする。
「急に渡されても無理やわ。確か明日、予定……」
「予定無いことは、ゴッスンが霧崎兄さんに確認してるで」
鉄太は返答を言い終える前に、藁部に遮られ、断ることを封じられてしまった。
そして宣告される。
「最前列の指定席や。こんかったら野球ボールぶつけるで、ド変態さん。シシシシシ」
次回、第九章 笑天下過激団
9-1話 「説教を、始めようとした矢先」
続きは9月12日、日曜日の昼12時にアップします。
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