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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第八章 オーマガTV
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8-4話 話はこれで終わりです

 鉄太らは総支配人の部屋に呼ばれ、テーブル前のソファーに着座して、品の良い老婦人と対面している。


 彼女はオホホ座を始めとするオホホグループの総支配人であり、名は藪小路(ぶらこうじ)ポコナという。


 もちろん芸名である。


 昔、藪等小路(やぶらこうじ)ポコピと、〈ジュゲーム〉というコンビ名で、夫婦(めおと)漫才をしていたらしい。


 オホホ座に出演している他の漫才師から聞いた話だ。


 あと、その漫才師は、総支配人が下ネタを嫌うのは、芸名を下品にイジり倒されたからと言っていた。


 だから、彼女の下の芸名を口にするのは避けた方がよいと教えられている。


 テーブルにはティーポットとティーカップが3セットあり、案内してくれたスタッフがティーカップに濃い飴色の液体を注ぐ。(ほの)かに漂ってくる臭いはカビのようであり、紅茶とは違うみたいだ。


 スタッフはティーポットから1つのティーカップに一度に注ぐことはせず、3つのティーカップを代わる代わる少しずつ注いで満たしてゆく。


「どうぞ、飲んでおくれやす」


 ティーカップが各人の前に置かれると、総支配人から飲むように勧められる。


 鉄太は親切を(よそお)って、まず開斗にティーカップを持たせて飲ませた。特に何のリアクションもなかったので、鉄太は安心してティーカップの中の液体を口に含んだ。


(うわっ! まっず!)


 土埃(つちぼこり)でも(せん)じたのかと思えるその味に、あやうく吹き出しそうになる。


 そして、どうして平気なのかと開斗の方を見てみれば、彼は笑いを噛み殺しており、ティーカップの中身は全く減っていなかった。


(クソッ! やられた)


「オホホホホ。ちょっとクセがありますやろ? これは中国の茶でプーアル茶って言うもんどす」


「プ、ププ、プードル!?」

「プードルちゃう。プーアルや」


 鉄太にすかさず開斗がツッコむと、総支配人は口元を抑えて「おほほ」と笑った。


 部屋に入ってから総支配人の様子をずっと(うかが)っていた鉄太はひとまず心を()で下ろす。


 とりあえず糾弾(きゅうだん)とか詰問(きつもん)とかの(たぐい)ではなさそうだ。


 ならば、一体何の用で呼ばれたのであろうか? 


 鉄太は、早く楽屋に戻って弁当やお菓子を食べたいと思っているが、こちらから話を切り出すのは避けたいと思った。


 ところが、開斗が勝手にしゃべりだしてしまった。


「総支配人。何の用ですか?」


 不躾(ぶしつけ)なその問いかけに、総支配人は一瞬眉をひそめたが、一呼吸置いた後に語りだした。


「用と言うほどのことはないんやけど。最近ご活躍なさっているみたいやし、何や面白いお話でも聞ければと思ってな」


「イヤミですか? そんな活躍してませんわ」


 社交辞令に対して失礼な返答をする開斗に、鉄太は仰天して彼の腕を叩き、「すんまへん」と詫びを入れる。


 総支配人は気を悪くしたようには見えなかった。少なくとも表面上は。


 彼女は鉄太の謝罪に気にせずともよいと答えた後、二人にこう問いかけた。

 

「ところで、二人はお付き合いしている方はいてはります?」


 鉄太は戸惑う。


 もしかして見合いでも勧めるために呼ばれたのだろうか? 現在付き合っている相手はいないし、相手次第であるが結婚を前提とした交際をするのもやぶさかではない。


 総支配人の年齢は60ぐらいだろうか? もし、彼女の娘であるなら、相手は自分よりやや年上かもしれない。


 自分としては、付き合うならば出来れば年下が好ましいが、だからといって年上が嫌だというわけではない。


 顔に注文を付けるつもりはないがブサイクなのは遠慮したい。またスタイルが良ければそれに越したことはない。


 鉄太が、総支配人を30才若くしたらどのような容姿になるのか妄想している間に、開斗が口を開いた。


「まだ、付き合うてまへんけど、付き合うてもええと思ってる相手はいてます」


 相方の答えに鉄太は軽く驚いた。


 彼の言う相手とは五寸釘のことだろう。あちらに気があることは分かっているので、開斗もその気であれば話は早い。


 あとは開斗が告白するだけである。


 鉄太はほっこりしつつ、総支配人に「自分は、付き合っている人はいてません」としっかり伝える。


 もし、総支配人が見合いを勧めるつもりであれば、必然的にこちらに話が来るはずだ。


 しかし、会話の流れは鉄太の期待どおりに進むことはなかった。


「あら、そうですか。でしたら、霧崎さんはそのお相手に気ぃ付けるように言うて下さいね。この辺りも最近、最近何かと物騒ですやろ?」


 物騒?


 鉄太は首をひねる。


 大咲花(おおさか)は大都市で心咲為橋(しんさいばし)はその繁華街だ。


 確かに治安はいいとは言えない。しかし、最近とくに治安が悪くなったという実感はない。


 鉄太らはテレビをもっていないが、ラジオはあるし新聞()も手に入るので、格別世情に疎いこともないのだ。


 総支配人は鉄太をジッと見つめると話をつづけた。


「この辺りに〝どえらい変態〟が出ると、こないだテレビでやってたらしいですけどな。私も年頃の娘がおるんで心配で、心配で……」


(これ、アカンやつや)


 全身から嫌な汗がどっと噴き出る。


「もし、そんなド変態が、ウチの笑パブの出演者やと分かったら、即刻クビにするとこですけどな」


 総支配人は契約解除を匂わせると、口元を隠して「オホホ」と笑い声を出す。ただし、薄紫色のレンズの向こう側の目は一切笑っていない。


 鉄太は汗だくになりながら何か返事をせねばと思ったが、その前に、総支配人から厳しい口調で告げられる。


「話はこれで終わりです。戻ってくれて構いまへんえ」

次回、8-5話 「テッたん、緊張してんのか?」

つづきは9月4日、土曜の昼12時にアップします。

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