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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第八章 オーマガTV
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8-3話 紅色のドレスを纏った老婦人

「だから、肥後(ひご)さん。ワイとフーネ、1打席勝負させてもらえませんか?」


「カイさん、それオモロイでんな! イタダキイタダキ。いや、私も1球放るだけやったら、ちょっと弱いかなと思ってたトコなんですよ」


 開斗の提案に肥後(ひご)は大きく手を叩きながら食いついた。


「ちょっと待って! そんなんしたらワテ、カイちゃんの球、3回も受けなならんやん」


「テッたん。違うで。フルカウントなら6球や」


 野球の1打席においてキャッチャーが受ける最大の球数は、ストライクが3、ボールが3、もしくはストライクが2、ボールが4のいずれも6球である。


「よけ、嫌やわ!」


「じゃあ、カイさん、今から欣鉄(きんてつ)さんに相談しますんで、事務所の連絡先教えてくれまっか?」



 結局、鉄太の抗議は何一つ取り上げられないまま終わり、開斗と肥後(ひご)は立ち上がって握手をして別れた。


 こんなことなら来なければよかったと思う鉄太であった。




 さて、えーびーすーテレビを出た鉄太らは心咲為橋(しんさいばし)へ向かった。


 本日の仕事も笑パブであるが下楽下楽(げらげら)のような下級の店ではない。オホホ座という品の良い店である。


 オホホ座とは、笑パブの中でも最上級の店である。


 外観はゴシック調で高級ホテルのようである。また、会員制であり誰でも入店できるわけではない。


 その上、演者側にも品位は求められネタも検閲されたものしか行う事はできない。


 即興で内容を変えたりお客をイジるのはNGである。


 ましてや下ネタや差別用語など、いわゆる放送コードに引っかかるような言葉を発するのはもっての他である。


 ただし、その分ギャラは破格でり、この笑パブの舞台に立つことは漫才師にとってステータスとなっている。


 実際テレビ局の関係者もよく訪れ、ここから見出されてテレビで活躍する者が少なからずいるのだ。


 黒いスーツを着た鉄太と開斗はオホホ座にやってきた。


 オホホ座のような老舗(しにせ)は道頓堀に面しており、上客は運河から舟でやって来て裏側から入店するので従業員用の裏口がない。


 表側に従業員用の出入り口はあるものの客の目に入りやすいため、演者と言えど普段着はNGである。


 オホホ座に出演する時、彼らはランクの低い店で着る衣装で訪れて楽屋で淡いピンク色の勝負スーツに着替えるのだ。


 受付で本人確認とボディーチェックを済ませた二人は、赤い絨毯が続く廊下をスタッフに先導され楽屋に辿り着く。


 楽屋は個室である。


 本来であれば1人に1つの個室が与えられるのであるが、開斗は目が見えないとの事情があるので、2人で1つの個室にしてもらっている。


 オホホ座の楽屋はソファーなどの調度品もゴシック調で統一されておりリッチな気分にさせてくれる。


 また、ケータリングも充実しているので、可能な限り早い時間に来て備え付けられたテレビを見ながらケータリングの弁当やお菓子を食べ(あさ)るのが、鉄太にとって一番の楽しみになっている。


〈満開ボーイズ〉は複数の笑パブと契約しているがオホホ座は一番割りの良い職場である。惜しむらくは月に1回程度しか呼ばれないことだ。


 鉄太がケータリングを前に、これから食べる物と持って帰る物を吟味しているとドアがノックされる音がした。


 ドアを開けてみると、先ほど案内してくれた人とは別のスタッフがいた。


 そのスタッフに「藪小路(ぶらこうじ)総支配人がお二人をお呼びなので来ていただけませんか?」と言われる。


 今まで総支配人に呼ばれたことは一度もない。


「嫌です」などと言えるはずもなく、鉄太は開斗を連れて若い男性スタッフの後ろを付いて行った。


 あまりいい予感はしない。


 ケータリングの弁当やお菓子をごっそり持ち帰っているのがバレたのだろうか? それともトイレットペーパーをこっそり持ち帰っていることだろうか?


 でも、ケータリング持ち帰っていけないという注意は受けていないし、トイレットペーパーだって、さすがに新品は持ち帰っていない。


 持ち帰るのはあくまで芯ごと押しつぶせそうなもうすぐ紙がなくなりそうなヤツだけである。誓って本当である。


 考えてみてほしい。新品のロールはかさばるのだ。そんな物より弁当やお菓子を詰めた方が遥かに金銭的効率がいい。


 とはいえ、もし注意されれば言い訳せずに素直に謝るつもりだ。そんなつまらないことで契約解除されるには惜しい仕事なのである。


 土下座の心構えをする鉄太。


 他の部屋とは明らかに作りが違うダークブラウンのドアの前に来ると、スタッフがドアをノックした。


「総支配人、二人をお連れしました」


 すると、中から京都風のイントネーションで「お入りなさい」と返事があった。


「失礼します」


 スタッフに続いて鉄太と開斗も挨拶して部屋に入る。中には、紅色のドレスを(まと)った老婦人が一人いた。グレーの頭髪はバックで編み込みをしてまとめられており、薄紫色をしたレンズの眼鏡をかけていた。


「ようこそお二人とも。まずはお掛けなさい」


 彼女は鉄太らにソファーに座るよう勧めた。


 しかし、鉄太は逡巡(しゅんじゅん)する。噂で聞いた話だが、席には順序という物があり間違えた場所に座ると大変失礼な行為になるらしい。


 どのような件で呼ばれたにしろ不愉快にさせてよい相手ではない。


「こちらへどうぞ」


迷っているとスタッフが誘導してくれた。鉄太と開斗が着席すると老婦人は鉄太の前の席に腰を掛けた。

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次回、8-4話 「話はこれで終わりです」

勘違いしそうなタイトルですが、別に最終回ではないです。

つづきは8月29日、日曜の昼12時にアップします。

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