8-2話 勝負が出来ればそれでええ
「今の話、詳しく聞かせてもらえます?」
開斗は鉄太を押しのけると、肥後に欣鉄からどのような話があったのかを尋ねた。
すると肥後は大きく手を打った後、「ここじゃなんですから」と、彼らを奥の喫茶店に案内した。
えーびーすーテレビの一階には来客などと軽く打ち合わせするための喫茶店がある。
普通の店と違うのは局員が同伴しないと入れない点だ。
情報セキュリティー面の他に、利用したい時に席がないことが起きないように部外者のみの入店はお断りしている。
無論赤字であるがこの店はテレビ局の直営店であり必要経費との考えの他に税金対策といった側面もある。
「さーさーさー、好きな物、頼んで下さい」
「じゃあ、冷コーで」
「ミックスジュース」
鉄太は不貞腐れ首を背けて同伴者2人を見ないようにする。
開斗が前に出たのは、てっきり自分に替わって抗議してくれるものと思っていた鉄太としてはヒドイ裏切りをされた気分であった。
連れて来る人を間違えた。今回の場合は金島に相談すべきだったのではなかったか?
(そうしたら、きっと……いや、出禁になってまうな)
あの反社会的な男を連れてきたら最悪の場合、恐喝の共犯者として逮捕される可能性もあるだろう。
そんな鉄太を尻目に開斗とディレクターは打ち合わせを始めた。
「で、肥後さん。欣鉄から何て言うてきました?」
「あ、そうそう、欣鉄さんの広報から電話ありまして、テレビに出てた人の連絡先、教えて欲しいて。話、聞いてましたら、あちらさんは兎に角、球場に人を集めたいらしいんですわ。
で、客が呼べそうな人に始球式のオファーしてる言うてました。ま、素人でしたらギャラも安いですしな」
「ワイら素人ちゃいまっせ」
素人呼ばわりされて気を悪くする開斗。彼と出会ったときに二人はコンビで漫才をしていると言ったはずである。
「知ってます、知ってます。〈満開ボーイズ〉のカイさんとテツさんでしょ? 次の放送で『なんと! 彼らは漫才師でした』って盛り上げますんで大丈夫ですわ」
「盛り上げるのは構へんけど、2回目やるならさすがに事務所通してもらわんと出来へんで」
開斗がタダ働きはしないと難色を示のだが、肥後はあっさりと契約することを了承した。
「ウチの番組で盛り上げて、満開さんの始球式を生放送させてもらうつもりですわ。イケると思いまっしゃろ?」
「なるほど、オモロそうやな」
「あの、ちょっと聞いていいです?」
肥後の提案にテンションが上がる開斗だが、聞き耳を立てていた鉄太は会話の中に無視できない単語が含まれていたことに気づいて確認してみる。
「始球式やんの、カイちゃんだけですよね?」
「当たり前やないですか」という返答を期待していた鉄太の期待は裏切られる。
「いえ、テツさんにも出てほしいんですけど?」
「……そんなん言われても……ワテ、別にボール投げたないし」
「ですよね? ですから、キャッチャーやってほしい言うてるんですけど?」
当然と言わんばかりの肥後の態度。想定していた中で最悪の返答に鉄太は仰け反る。
「いやいやいや、言うてへんかったし! って言うかプロのキャッチャーがおるでしょ!? 始球式にキャッチャーやるって聞いたことないわ!!」
「聞いたことないから、人はオモロイと思うんやないですか?」
「ワテはキャッチャーなんかしたくないねん!」
「テッたん!」
拒否を続ける鉄太の肩を開斗の手が強くつかむ。
「ワイが球を投げれるのはテッたんの笑気が見えとるからや。プロのキャッチャーがおっても笑気がないヤツの所には投げられんのや」
「じゃあ、誰か漫才師でキャッチャー出来る人捜せばええやん。ワテじゃなくてもええやん」
確かに鉄太のいう事には一理あった。泣きそうな声で嫌がる鉄太に無理強いすることが躊躇われたのか開斗は押し黙った。
だがその時、肥後が力強く言い放った。
「それじゃアカンのです! テツさんやないとアカンのです! 私は、テツさんの〝どえらい変態〟をみんなに見て欲しいんです! あの頭にミットをのせて体で球を受け止めるヤツを!」
「それが嫌や言うてんねん!!」
「我が儘言わんで下さい」
「我が儘なんて一つも言うてへん!」
「ええですか。今回の企画は、欣鉄さんは集客が出来てうれしい。ウチらは視聴率が取れてうれしい。満開さんは知名度が上がってうれしい。誰も損をしない三方よしなんですよ」
「ワテが損してる! ワテはド変態言われて、子供に石投げられてるんや!」
平行線。
肥後に訴えても埒が明かないと思った鉄太は開斗を味方に引き入れようとする。
「カイちゃんはそんなんでええの? 折角の始球式なのに、変態の方が目立ってまうやん」
「別にええけど」
「何でや!」
「ワイはフーネと勝負が出来ればそれでええねん」
「…………いや、勝負って、始球式に勝負とかあんの?」
たしか始球式とはセレモニーであり、バッターボックスに立った選手はどんなクソボールが投げられようと空振りするがお約束のはずだ。
投げる球数も1球のみで、勝負するには少なすぎる。
「だから、肥後さん。ワイとフーネ、1打席勝負させてもらえませんか?」
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次回、8-3話 「紅色のドレスを纏った老婦人」
つづきは8月28日、土曜日12時にアップします。