8-1話 今までで、最高視聴率でした
鉄太は昨日からずっと怒っていた。
争いを好まず、滅多なことで怒らないこの男に一体なにがあったのか。
それはテレビ放送〈オーマガTV〉を見て、その放送内容があまりにもヒドかったのだ。
オーマガTVとは、3日前に投球練習の取材を受けた番組である。
テレビを見るにあたって鉄太と開斗は古いなじみの床屋に行って、頼み込んでチャンネルを変えてもらった。
何しろ彼らはテレビを持っていないのだ。
オーマガTVは、えーびーすーテレビで17時から生放送で配信している情報バラエティー番組である。
そして、鉄太と開斗が紹介されたのは、その番組の「街の奇人」という10分程度のコーナーであった。
スタジオトークを除けば、彼らが写っていたVTRの尺は5分程度であろう。
また、鉄太が映っていた時間など2分もないくらいだ。
もちろん、鉄太が怒っているのは放送が短すぎるということではない。テレビ収録において、何時間回して使われるのは1、2分というのは当たり前にあることだ。
増してや、コーナーの中で、高校球児だった開斗が25才になっても欣鉄のフーネ選手との対決を夢見て毎日練習しているだの、中古で買ったボロボロの野球用具をあかたも練習で使い潰したような印象を持たせたりしたことなどもどうでもいい話だ。
しかし、鉄太が手を頭の上に置いて、体で捕球させられたシーンを流し、なんでこんなことしているのかと肉林からインタビューに対して、「いや~~、気持ちいいからね」と、返答を編集で捏造されたのは許せなかった。
あの時のインタビューで答えたのは「カイちゃんから笑壁の修行とか言われて、無理やりやらされてんねん」であり、「いや~~、気持ちええからね」と言ったのはAD増子と日向ぼっこをしていた時に言った言葉のはずだ。
という事は、AD増子は鉄太から「気持ちいい」というワードを引き出すために、芝生の上で日向ぼっこに誘ったことになる。
全ては、あの赤ブチ眼鏡の差し金だったのだ。
鉄太は多くの知り合いの前でとんだ赤っ恥を掻かされた。
それから、笑パブに行ったら会う人ごとに、「見たで」と言われて笑われたりしたのだが、それでもなんとか怒りを抑え込んだ。
しかし、次の日の午後いつもの公園で投球練習に付き合っていると、学校帰りの小学生らがやって来て、口々に「あっ! どえらい変態や! 良がれ、良がれ~~!」と罵りながら石を投げられるに至り我慢の限界を迎えた。
鉄太は、ティッシュおじさんとして心咲為橋や笑比寿橋商店街の人気者であった。
それは以前、ティッシュ配りのアルバイトで、ユーモラスな動きで勝ち取った称号である。
しかし、ド変態として認知されてしまったら、ティッシュおじさんという言葉に別の意味が発生しかねない。
とんだ営業妨害である。
すぐに謝罪と訂正してもらわないとならない。
そんなワケで鉄太は開斗を連れて、えーびーすーテレビにやってきた。
えーびーすーテレビは笑比寿橋辺りにあるテレビ局である。ちなみに、〈満開ラジオ〉を収録している〈えーびーすー放送〉とは、通りを一本挟んで向かい合っている。
受付で鉄太は肥後からもらった名刺を差し出し呼び出すように伝えた。
時間はもうすぐ18時になる。オーマガTVの終わる頃合いだ。オーマガTVは生なので、ディレクターの肥後がいないということはないはずだ。
受付嬢から、しばらくお待ちくださいと言われ、鉄太は開斗と共にロビーの椅子に腰かける。
「殴り込みするようなことか?」
開斗はため息交じりの口調で、鉄太に語り掛けた。
「そら、カイちゃんはええわ。夢追っかけてる人みたいな扱いやったし……。でもワテの扱いはド変態やで」
「芸人にとって変態はホメ言葉や」
「ワテは漫才師や! それに、もし好感度低くなって商店街のみんなから賞味期限切れ貰えんようになったらどないするつもりや!」
「……志低すぎるやろ」
二人の会話が途切れた所に「やーやーやー、満開さんやないですか。まいど、まいど!」と、赤ブチ眼鏡の男が、揉み手をしながらやって来た。
「ちょっと、昨日の放送何ですの!」
鉄太は、肥後を見るやいなや立ち上がると大声で訴えた。
すると彼は手を打って指をさした。
「見ました? 良ろしかったでしょ? あのコーナー今までで最高視聴率でしたわ」
「ワテ、インタビューで『気持ちええ』なんて言うてませんやん。訂正してください。困りますわ!」
「実はですね、スタジオでも大好評で、こちらから連絡しようと思ってたんですよ~~」
「そんなこと聞きたいんとちゃいますねん。謝って下さいって言うてんねん」
「ほんで、今日の午後に欣鉄さんから電話かかってきましてな、」
「いや、だから……」
こちらの話を全く取り合おうとしない肥後に粘り強く抗議する鉄太だったが、後ろから肩に手を置かれて言葉を止める。
振り向くと開斗が椅子から立ち上がっていた。
鉄太は開斗から強く肩を引かれて後ろに下がり選手交代といった感じで開斗は前に出た。
開斗は目元を隠すためにサングラスをしており肥後より身長が高い。
肥後は気圧されたように一歩さがる。
張り詰めたような空気の中、開斗は口を開いた。
「今の話、詳しく聞かせてもらえます?」
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次回、8-2話 「勝負が出来ればそれでええ」
つづきは8月22日、昼の12時にアップします。