7-3話 あの子らの、連絡先は知らんので
鉄太は〈ハルマゲドン〉との会食どころか、笑戸でのことをあまり覚えていなかった。
笑戸に行っていたときのスケジュールの厳しさは二人に共通することであるが、開斗の介添えやネタ作りなど、鉄太は開斗よりもずっと忙しかったのだ。
それゆえ、睡眠時間の短さが長期記憶の移行に影響を与えたと思われる。
しかし、肉林を含め3人ともそのような記憶のメカニズムに関する知識はもっていなかったので、鉄太が覚えてないのはアホやからということで処理され話は先に進められる。
「ワイらが笑戸で他に会うたんは、〈ナイトメア〉と〈オオスズメ蜂〉だけやったと思います。ただ、そん時は楽屋挨拶する暇もなかったんで何も話してません」
「〈獄門ズ〉さんには会うてへんか? 〈獄門ズ〉さんも笑戸に行ったはずやけどな」
「会うてまへん。今、初めて知りましたわ」
「身の丈に合わんことするからやな。お前らは身の程をわきまえて戻って来ただけまだ見どころがある」
「そりゃどーも」
肉林の皮肉に開斗はソッポを向いて返事した。肉林は彼の失礼な態度を咎めることなく話を続ける。
「〈サバト〉は解散したっちゅう話を聞いたことあるな。笑天下過激団の奴らなんであんま詳しくは知らん。あと、〈第七艦隊〉は休業しとるらしいで」
それを聞いた鉄太はいたたまれない気分になる。
彼らに謝りに行くべきだろう。
〈サバト〉については〈丑三つ時シスターズ〉に確認してみるとして、〈第七艦隊〉については肉林に聞いてみることにした。
「兄さん。〈第七艦隊〉さんはドコらへんに住んでるか知ってます?」
「何や? もしかしてアイツらんトコへ謝りに行くつもりか? 言っとくけど、アイツらの休業は、お前らと関係ないで」
「え!? どういうことですの?」
「アイツらが休業したんは、第九回の〈大漫〉で優勝した後や」
肉林の言葉に、それならば良かったと安堵した鉄太であったが、いや待てよと思い直す。
確か、九回とは一昨年の大会で、一昨年の優勝者は、ヤラセで優勝させられたのではなかっただろうか?
去年の大会で〈ストラトフォートレス〉から聞いた話を思い出した鉄太。
となると、彼らが言っていた〝舞台に立てなくなった先輩〟とは、〈第七艦隊〉という事になる。
肉林は、〈第七艦隊〉が休業したのは鉄太らのせいではないと言うが、休業に至る背景を知っていた鉄太からすれば、そうとも言い切れない部分があった。
〈第七艦隊〉は優勝したのになぜ休業に追い込まれたのか。
第九回の〈大漫〉は、笑林興業前社長、ぬらり亭憑之助の陰の笑気によって、10組中、9組が病院送りにされ、1組は逃亡という阿鼻叫喚の大会で、優勝者が出なかったのが真実だ。
ところが、テレビ局の都合により、無理やり優勝者に祭り上げられた9組目の出場者は心身のバランスが保てなくなり舞台に立てなくなったという。
そしてなぜ、ぬらり亭憑之助はそのような行動をとったかと言えば、鉄太が第七回の〈大漫才ロワイヤル〉で開斗に腕を切られ、漫才を辞めたのが遠因ではないかと思われる。
ぬらり亭憑之助は、鉄太の父、亞院鷲太の元相方で、鉄太のもう一人の父親とも言える存在なのだ。
鉄太は、全身から嫌な汗が吹き出て来た。
「なんやテツ? 汗ビッチョリやんけ」
「いや~~暑いですね。急に夏が来たみたいですわ」
「〈喃照耶念〉。まだ四月やろ」
おしぼりで顔を拭う鉄太に突っ込んだのは開斗であるが、騒動の張本人のクセに涼しい顔のままなのが癇に障る。
一体どういう神経なのか。
「肉林兄さん。〈第七艦隊〉さんには謝りに行きます。メッチャ迷惑かけたことには変わりないんで」
「謝るて……ただの自己満足やろ。まぁ、好きにしたらええがな。でも俺はアイツらどこにおるか知らんぞ」
「あ、それは大丈夫でした。知ってる人、思い出したんで」
〈第七艦隊〉については、弟分の〈ストラトフォートレス〉に聞けば分かるはずだ。
しかし、よく考えてみれば、彼らとは、〈大漫才ロワイヤル〉で知り合った程度の間柄だ。
鉄太は連絡先を知らなかったし、開斗も知っているとは思えなかった。
「あの~~……肉林兄さん。〈ストラトフォートレス〉ってご存知です?」
「おーおー、〈ストラト〉な。そう言えば、アイツら〈第七艦隊〉に可愛がられとったな。確かにアイツらなら知っとるやろ」
「でもワテ、あの子らの連絡先は知らんので、あの子らから連絡くれるよう言うてくれます?」
「……先輩を使い走りにするとは、偉くなったもんやのぉ」
なんだかんだ言いつつ肉林は、〈ストラトフォートレス〉に連絡を付けてくれることを了解してくれた。
そして、鉄太が第七回の舞台裏について質問しようとした時、店員がヤンキーハンバーグセット3つをキャスターで運んできた。
店員はキャスターに載せられたトレーを慎重に配膳する。
各トレーの上にはご飯が盛られた茶碗と、ティッシュ箱を一回り小さくしたような石の箱と、ミトンが2つ置かれていた。コーンやポテトなどの付け合わせはない。
ミトンで蓋を取ると、箱の中に、大人の拳2つもあろうかというハンバーグが入っていた。
ハンバーグの表面はしっかり焼き目が付いている。これは、まず外側を強火で焼いてから石箱の中に入れるからである。
石の箱は蓋と壁と底の3つのパーツからなっている。
蓋と底は同じ形状をしていて、使いまわすことも出来るし洗うのも簡単といったように考えられた構造をしていた。
メニューに載っている食べ方の説明では、まず蓋を取ってひっくり返し、次に壁をひっくり返した蓋の上に置くようにと書かれているが、あえて壁を取らず、ハンバーグをある程度食べてからその中にご飯を入れる人もかなりいる。
鉄太もその派閥の一人だ。
ハンバーグはナイフで切ると、閉じ込められた肉汁がこぼれ出る。
ヤンキーハンバーグは厚みが普通のハンバークの4、5倍はあるのだが、6面から放たれる石の遠赤外線によって内部までちゃんと熱は通っていた。
3人は会話を中断して食事を始めた。
次回、7-4話 優勝が、誰とかどうでもええ話
つづきは8月15日、日曜日の昼12時にアップします。