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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第七章 肉林
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7-2話 棚ぼたで、優勝できたようなもん

 ロケは打ち合わせに30分、撮影に30分の計1時間ほとで終わった。


 撮影の内容は、投球練習のシーンが15分ほど、レポーターの肉林からのインタビューが15分ほどである。


 インタビューは主に開斗が受けていたので、その間、鉄太はAD増子と芝生の上に座ってこの季節は過ごしやすいだの、日向ぼっこは気持ちええから好きだの他愛のない話をして時間をつぶした。


 撮影が終わり、クルーは撤収を始める。


 ディレクターの肥後(ひご)から放送は2日後を予定していると聞かされた。


 開斗が「メッチャ早いな」と感想を述べると、彼は情報番組というのは鮮度が命なのでこれでも遅いくらいだと答えた。


 そして、今日から2日後までは他社からの取材を依頼されても先延ばしにして欲しいとお願いをされた。


 取材料の話は一切出ないので、恐らくないのだろう。


 ただ、申し訳ないと思ったのか、肉林から昼食の誘いを受けた。奢ってくれるのだと言う。


「兄さんありがとうございます」


「かまへん。経費や」


 肉林に連れられた鉄太と開斗は、西心咲為橋(しんさいばし)メリケン村にある〈どっきりヤンキー〉にやってきた。


〈どっきりヤンキー〉とはアメリカンサイズのハンバークをリーズナブルな価格で提供することで有名なアメリカ風ファミリーレストランである。鉄太と開斗も昔はよく通っていた。


「ファミレスなんて入るの何年ぶりやろ」


 鉄太は店内の空気を思いっきり鼻から吸い込んで堪能した後、開斗に話しかけた。


「いや、笑戸(えど)でも先輩に、バーミサンとかジョナヤンとか連れてってもらったやろ」


「え? そうやったっけ?」


 彼らは店員に窓際の席を案内された。


 鉄太は介助のため、開斗の左隣に座り、正面の席の中央に肉林が座る。


 席に着くなり肉林はせせら笑った。


「噂には聞いとったが、お前らしょーもない暮らししとんのぉ。今日は好きなモン頼め。ただし、3万は越えんようにな」


「局の経費で偉そうにせんで下さい。ファミレスで3万越えるかっちゅーの。ワイら相撲取りか」


「カイちゃん! 少し黙っといて!」


 鉄太は開斗の袖を強く引いた。開斗のつまらない意地で折角のタダ飯チャンスを逃したくなかった。強引に話を転換する。


「ところで、肉林兄さん、酒池(さかいけ)兄さんはどないしてはります?」


 酒池(さかいけ)とは肉林の相方の酒池乱吉(さかいけらんきち)である。鉄太の問いに、肉林はコップの水を一口煽ってから答えた。


「アイツは引退した。あの後、酒の量が増えてな。アル中になったんや。今は専門の病院で治療しとる」


 場の空気が凍り付いた。鉄太は開斗から肘打ちを受ける。


「すんまへん! すんまへん!」


「……お前らのせいちゃうわ。アイツは元々アル中みたいなもんやったしな。ほっといてもいずれああなったハズや」


「ホンマ、怒ってまへん?」


「怒っとるとしても、それは自分自身に対してや。まぁ、もしお前らが優勝して、笑戸(えど)のテレビでレギュラー何本もやって、モデルや女優と付き合ってたら絶対許さんとこやったけどな。

 でもなんで〈大漫〉優勝したのに1000万の借金負わされてんねん。アレ見た時、腹よじれ切れるかと思うほど笑ろたで」


 肉林は思い出し笑いを堪えるように口元を押さえた。


 笑われているのが不快なのか開斗は「はよ注文せい」と鉄太に催促した。


 彼ら3人とも、この店の看板メニューであるヤンキーハンバーグセットを注文した。ドリンクバー付きで1500円と安くはないが、特大ハンバーグはそれを補って余りあるほどお得感がある。


 鉄太と肉林は注文後、目が見えな開斗を待機させ、ドリンクバーでジュースを注に行った。二人は4回往復し、3人のテーブルに8個のグラスが並べられるというマナーの悪いことを行った。


 しばらくは誰も会話せずジュースを飲んでいたのだが、無言に耐え兼ねた鉄太が肉林に話しかけた。


「そう言えば、肉林兄さん。他の皆さん、どうなってるかご存知です?」


「他の皆って誰のことや?」

「あん時の大会の出場者のことです」


「第七回のか……」


 第七回〈大漫才ロワイヤル〉の決勝出場者は以下の面々である。


 1 〈ほーきんぐ〉 笑林興業

 2 〈第七艦隊〉  笑林興業

 3 〈ナイトメア〉 浅草連合

 4 〈酒池肉林〉  笑林興業

 5 〈あるかとらず〉大笑戸組

 6 〈複雑骨折〉  大笑戸組

 7 〈サバト〉   笑天下過激団しょうてんしたかげきだん

 8 〈オオスズメ蜂〉 大笑戸組

 9 〈ハルマゲドン〉 笑林興業

 10 〈獄門ズ〉   笑林興業


 ちなみに〈ほーきんぐ〉は、鉄太と開斗が〈満開ボーイズ〉に改名する前のコンビ名である。


「〈ハルマゲ〉については言う必要ないやろ? あと、大江戸組や浅草連合の連中についても、最近まで笑戸(えど)に行っとったお前らの方が詳しいやろ」


〈ハルマゲドン〉は第七回の優勝者で、笑戸(えど)に進出し、ひな壇芸人としてそれなりに活躍している。


 店に入った時、開斗が笑戸(えど)で先輩にファミレスに連れて行ってもらったと言っていたが、その先輩こそが〈ハルマゲドン〉であった。


「〈ハルマゲ〉とは〈大漫〉の話せえへんかったんか?」


 肉林は〈ハルマゲドン〉の二人より年下であったが、芸歴としては同期なのでこのような呼び方をしている。


 鉄太は〈ハルマゲドン〉との会食を覚えていなかったので開斗に尋ねた。


「どやった?」

「そんな流れにはならんかったな」


「ま、せやろうな。アイツらにしたら棚ぼたで優勝できたようなもんや。後ろめたさがあるんやろ」


 肉林のその言葉は嫉妬のようにも受け取れるが、鉄太には気の毒がるようなニュアンスが含まれているような気がした。


次回、7-3話 「あの子らの、連絡先は知らんので」

つづきは8月14日、土曜日の昼12時にアップします。

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