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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第六章 キャッチボール
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6-3話 逃げずにちゃんと受け捕りや

 心咲為橋(しんさいばし)から少し西に行った公園。


 昼休みを過ぎた頃、大人の男二人がキャッチボールらしきことをしていた。


〝らしきこと〟と断ったのは、普通、キャッチボールとは、ボールをキャッチして相手に投げ返すものであるが、彼らのそれは、投げるのは片方のみで、もう片方はボールを拾うとわざわざ返しに行くのだ。


 しかも、彼らは下手クソである。


 投げる方はフォームはキレイなのだがコントロールがよろしくない。


 捕る方は、どう見ても完全な素人で、しかもボールを怖がっており、悲鳴を上げて後ろに逸らしては歩いて拾いに行っている。


 彼らとは、もちろん〈満開ボーイズ〉の二人で、投げる方が開斗、拾う方は鉄太である。


 目の見えない開斗は笑気で鉄太の位置は把握できるものの投げたボールがどこに飛んで行ったのか知覚できないので投球の修正ができない。


 また、投げることは出来てもキャッチすることができないので、いちいち鉄太がボールを返しにいくという奇妙な行動になっているのだ。


 なぜ彼らが〝キャッチボールもどき〟をしているのか。


 それは始球式に備えるためである。


 事務所で金島から、欣鉄(きんてつ)からの始球式の仕事依頼を聞いた開斗は、交通費の他、もう一つ条件が聞き入れられれば引き受けると答えた。


 その条件とは、打者の指名。


 開斗は始球式の打者にフーネを指名したのだ。


 元、高校球児の開斗は、この仕事に対する意気込みが激しく、心咲為橋(しんさいばし)に到着すると、鉄太にお願いして中古屋に連れて行ってもらい、グローブ2つと硬式ボール1つを購入した。


 そんなワケで、いい年をした大人が平日の昼間にも関わらず玉遊びにいそしんでいる。


 このような形でも体を動かすことが楽しいのか、非効率極まりないキャッチボールにも関わらず開斗は上機嫌であった。


 対して鉄太は不機嫌である。


 まず、彼は体を動かすことがそれほど好きではない。


 野球はやったことないわけではないがせいぜい中学生までなので、硬球という名の凶器を触るのは初めてであり、その硬さは恐怖だ。


 当然上手くキャッチできるはずもなく、後ろに飛んで行ったボールを拾いにいかなければならない。


 それだけならまだしも、目の見えない開斗に向かってボールを投げるわけにはいかないので返しにいく必要がある。


 これでは、まるで犬のボール遊びではないかと不満やるかたない。


 次に、グローブも一緒に購入したことが納得いかない。


 野球人気はピークが過ぎ去っているため中古品を極めて安く手に入れられたものの、始球式のギャラは安いらしいのだ。


 大体、投げられたボールを捕ることができず、拾ったボールを返しにいくのであれば、二人ともグローブなどいらなかったと思う。


 さらに言えば、練習の必要性が感じられないことだ。


〝始球式はアイドルがへなちょこ球投げても成立する〟であるならば、例え明後日の方向に投げようが問題ないはずだ。


 そして最後に、まだ正式に始球式のオファーを受けていないのである。



 30分ほどキャッチボールもどきをしていると、鉄太に限界がきた。


 ヘロヘロになった鉄太は、開斗の所までたどり着くとギブアップを宣言する。


「ハァ、ハァ……もう無理や」

「なんやもうバテたんか」


「カイちゃん……動いて……へんやん……ハァ、ハァ」


 投げるだけの開斗と、ボールを拾いに走り回る鉄太とでは運動量が違うのだ。


「分かった。一旦休もか」


 物足りなそうであったが開斗は休憩することにした。


 鉄太は息も絶え絶えに芝生のところまで行くと大の字に倒れ込んだ。


 開斗は隣に腰を下ろした。


「ハァ、ハァ、なんで……こんなことせな……アカンのや……」

「相手はあのフーネやで。失礼のないようにベストを尽くすんは当然や」


「いや……始球式やん……ハァ、ハァ」

「ワイは元高校球児や。アイドル風情と一緒にすな」


「今、漫才師やろ……笑わかせんでどうする?」


 漫才師が真面目に投球することなど誰も求めていないだろう。


 野球ボールをボーリングのように転がしたり、キャッチャーではなく鉄太の方に投げてぶつけるとか、笑いの方向に努力すべきではないのか?


「あんなぁ、テッたん……笑わんで聞いて欲しいねんけど、フーネはワイの(あこが)れやったんや」


「ん?」


 鉄太は開斗の告白に、笑うどころか裏切られたような気分を味わう。


 開斗が憧れていたのは鉄太の父、亞院鷲太(あいんしゅうた)ではなかったのか?


 鉄太がそう指摘すると、開斗は芝生に寝転び、一呼吸おいてから語りだした。


「そうやないねん。確かに亞院先生は憧れや。でも届かへんねん。ワイは先生のようなツッコミはできたとしても、笑理学のような本は書かれへんし、笑林寺のような学校も作られへん。

 そこに現れたんがフーネや。一流の野球選手なのに、お笑いもできる。なら、ワイは一流の漫才師になって、ついでに野球選手にもなってやろうって思ったんや」


 それを聞いた鉄太は大爆笑する。


「笑うな言うたやろ」


 開斗は手刀ツッコミを鉄太に打ち込む。しかし、それを受けてもなお鉄太の笑いは止むことはなかった。


「ヒー、ヒー、死ぬ~~死ぬ~~……ついでに野球選手て……ヒー、ヒー……カイちゃん、面白すぎるて」


「休憩終わりや! 次はもうちょい速よ投げるで。逃げずにちゃんと受け捕りや」

「嫌や、当たったら痛いやろ」


「<笑壁>を張ればええやろ」

「無理や!」


「無理やあらへん! こいつはツッコミを受ける訓練や。岩をも砕くモーゼのツッコミに比べれば、野球ボールくらい当たっても痛ないはずや!」


「無茶苦茶やーー!!」

小説家になろうの評価の☆や感想を頂ければ、励みになりますのでよろしくお願いします。

次回、6-4話 「鉄太らに、向かって深くお辞儀した」

つづきは8月1日の日曜日、昼12時にアップします。

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