5-5話 趣味とか、どこの生まれとか
夜10時頃。ボロアパートの8号室。
粉モンが焼けるいい匂いがキッチンから漂ってくる。
五寸釘と藁部がたこ焼きを作っているのだ。
もちろん鉄太らのアパートには、道具も無ければ食材もないので、道具は五寸釘の持ち込みであり、食材は帰り道のスーパーで買ってきた。
月田はまだ帰ってきておらず、鉄太は開斗と共に居間でちゃぶ台の前に座っていた。
(昨日の今日で普通来んやろ。どんだけ必死やねん)
そう思う鉄太であったが、ただ、五寸釘には今後とも開斗の世話をして欲しいと考えているので、無下に拒否することはできなかった。
藁部に関しても同じことが言えるはずだったのだが、どうも彼女はターゲットを自分に切り替えつつあるのではという気がしてならない。
どうにかならないかと考える鉄太。
昨日このアパートの数人に〈丑三つ時シスターズ〉を紹介する機会があり、あわよくば他の誰かを気に入ってくれたらと目論んだが、藁部は自分から声を掛けに行くタイプではなかった。
積極的にアプローチしてくれる相手でないと難しそうだ。
と、そこで鉄太は思いつく。
そう言えば、笑パブの連中は藁部のことをカワイイと言っていたではないか。であるならば、彼らの誰かを紹介するのが最も良い選択肢ではあるまいか。
ナイスアイデアを思いついた鉄太は気を楽にしたが、同時に後悔もした。
なぜ、このアイデアを笑パブで思いつかなかったのだろうかと。そうすれば、あそこでお見合い大会を開いて今頃誰もが幸せになっていたハズなのに。
鉄太が、笑パブの連中の中で誰が藁部にお似合いなのか考えていると、ドアがノックされ、返事をする間もなく開けられる。
「ただいま……うおっ!? 今日も来たんすか?」
帰宅した月田は彼女らがいることに驚いた。
「来たらアカンのかい?」
「そうは言うてないっすけど、常識的に考えてどうやって話っすわ」
「じゃあ、オマエ、たこ焼き食べんなや!」
「いや、食べるし!」
月田と相性の悪い藁部が言い争いを始めた。
「なんや今日はえらく遅かったな」
キッチンを通り抜け、ちゃぶ台の前に座った月田に、開斗が話しかけた。
日雇い労働者で日銭を稼いでいる月田は、大抵7時頃には帰っているのだ。
「いや、仕事終わってから事務所行って、アイツとネタ合わせっすわ」
そう言って月田は大きくため息を吐いた。ネタ合わせと言うからには、アイツとはヤスのことで、来月のライブのためにネタを作っているだろう。
ただ、彼の様子からしてあまり上手くいってなさそうである。
そう言えば、彼らのことで何かあったような気がする。
「カイちゃん。月田君らに言わなあかんことあったんちゃう?」
「言わなあかんこと? せやせや。あんな、下楽下楽のオーナーにオマエらのこと話たら、前座に使ってくれる言うてくれたんやけど、どうする?」
「ゲラゲラ? もしかして笑パブっすか?」
月田は腕組みをして答えを渋る。
というのも、月田はテレビのオーディションには積極的に行くが、笑パブの舞台に上がることに消極的なのだ。
鉄太は笑パブの重要性を説く。
「月田君。オーディションに受かりたかったら、笑パブとかで経験積んどいた方がええで。ライブのためにもなるしな」
「それは、分かってますけど……」
なおも渋る月田。
何かワケがありそうだが、正直な所、鉄太にとって割とどうでもいい話なので、会話を諦めかけた時、開斗が暴露した。
「コイツ昔な、笑パブでガラの悪い客に絡まれて、乱闘騒ぎ起こしたんや」
「霧崎先輩!! それは言わんとって下さいよ!」
月田の芸名は〈ちゃんぴおん月田〉であり、高校時代の部活はボクシングだった。なまじ腕に覚えがあったため、安い挑発に応じてしまったのだ。
「変にプライドだけ高いからそんなコトになるんや」
「なんやとコラ。やんのか」
台所からやじる藁部に月田が立ち上がる。
「コラ月田。そういうトコや」
「すんませんした」
開斗に謝る月田。台所では藁部が五寸釘に窘められている。やや悪くなった空気を換えるべく、鉄太は月田に尋ねた。
「そういえば、月田君んとこのコンビ名って何やったっけ?」
「まだ決まってないっす」
「え!?」
「ネタは何本あんの?」
「ゼロですわ」
「は!?」
「しゃーないですやん。アイツ漫才やりたないみたいやし。全然話が進まんのですわ」
月田はちゃぶ台に突っ伏した。そんな彼に開斗が語り掛ける。
「ところで月田。オマエ、ヤスの好きな物、何か知ってるか?」
「知らんですわ」
「なら趣味とか、どこの生まれとかは?」
「知らんです……」
「当然ヤスもオマエのこと何も知らんのやろ。やったらネタ合わせとかの前に、もっとせなあかんことあるやろ」
開斗は財布を取り出すと鉄太の前に置いた。
「テッたん。ワイの財布から1万円出して月田にやってくれ」
「霧崎先輩!」
「明日仕事休んでヤスと遊んで来い」
「……あざっす!」
月田はちゃぶ台から少し後ろに下がり、土下座で感謝を表した。
鉄太は、気風の良ささすが開斗だと、ささやかな感動を覚えつつ開斗の財布を手にしたが、ふと不安がよぎった。
財布を開いてみると、案の定、千円札が6枚しか入っていなかった。
次回、5-6話 「ガラの悪い巻き舌で」
つづきは7月18日、日曜日の12時にアップします。