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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第五章 下楽下楽
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5-4話 晩御飯、作る言うて張り切って

 笑パブ〈下楽下楽(げらげら)〉のステージは、1.5メートル程度の半円形であり非常に狭い。


 ステージと通路を隔てているのはピンク色のカーテン布1枚である。


 そして、そのカーテン布は、上辺を釘で打ち付けられているので開閉する機能はない。


 芸人たちはステージに立つときは、暖簾(のれん)のようにカーテンをかき分けて出る。


 また、出囃子(でばやし)も掛からず、呼び込みをする司会役もいないので、自らのタイミングで出ていくことになっている。


 鉄太は、ステージ出入り口の対面の壁に取り付けられた姿見で、衣装の乱れがないかチェックする。


 そんなことをするのは、この笑パブでは初めてのことだ。鉄太はすでにステージが終わってからのデートに心を()せている。


「なんやテッたん。緊張してんのか?」


 いつもより長い準備時間に、開斗から失笑が漏れる。


「カイちゃん。今日のネタは〝宇宙漫才〟で行こか」


「ガチやんけ」


〝宇宙漫才〟とは彼らの鉄板ネタの一つである。


 普段〈下楽下楽(げらげら)〉では、実験みたいな感覚でかなり自由にやっており、このようなガチガチのネタをすることはない。


「いくで」


 開斗が何か反論する前に、鉄太はカーテンを右手で押しのけて、「サンハイ」と合図を送る。


『どうも~~~~~~』


 二人は声をそろえて挨拶をし、まず開斗に一歩踏み出させてステージに送り出した後、鉄太もカーテンをくぐりステージに立った。


 ステージ前のテーブルには、〈丑三つ時シスターズ〉の二人がいた。


 鉄太の口は、『お』の形で固まった。





「なんやねん。あのグダグダの漫才は」


 笑パブからの帰り道、鉄太は藁部(わらべ)から説教される。彼らの前には、開斗と五寸釘が歩いている。


 時間は夜9時を回ったところである。


 寄席(よせ)などでは、実力者を最後(トリ)に持ってくるが、飲食を提供する笑パブは、最も客入りの良いピークタイムに実力者をぶつける。


 そのため、閉店時間より前に上がることはできるが、それにしても帰るには早すぎる時間である。


 言うまでもなく、鉄太が精神に大ダメージを負ってしまったため、1ステージで切り上げさせてもらったのだ。


「知り合いの目の前で、漫才とかメッチャやりにくいねん。オマエかてそうやろ」


 藁部(わらべ)に言い訳する鉄太の心中は穏やかではない。


 まず、若い女の子が来てると言った〈メテオ☆ストライク〉の二人は仕方がないとしても、クンカ師匠が言った「オッパイのデカイ、ベッピンさん」はない。


 あの言葉がなければ、朝戸イズルと勘違いすることはなかったはずだ。


 だがしかし、五寸釘のオッパイがデカいのは決して間違いではないし、クンカ師匠の年齢から考えれば、若い子=ベッピンさんと言うのもやむえないのかもしれない。


 ただ、二回目に偵察に行った〈マウス小僧〉だけは絶対許せない。


 藁部(わらべ)のどこをどう見たら、「メッチャカワイイ」などという言葉が出てくるのか。


 アイツは、自分のオカンとオーナー以外の女を見たことないのか? それとも普段は刑務所に服役していて、漫才するときだけこの笑パブに護送してもらっているのか?


 コレがカワイイと思えるならば、そこらへんのブルドックと(つがい)になれるはずだ。


 せめてオカッパだの背が低いだの言ってくれたら、この悲劇は回避できたはずなのに。


 そして開斗。


 一連の言動を振り返ってみれば、客席にいるのが五寸釘と藁部(わらべ)ということに気づいていたに違いない。ならばどうして一言いってくれなかったのだと思う。


 そして、なにより腹立たしいのが、五寸釘と藁部(わらべ)が、鉄太らの知り合いだと知った楽屋の面々に、自分の女を見せびらかしに来たとか、ホテルに行くから早引きするのかとか言われたことである。


 みんなして、自分を(おとしい)れようとしているのではないかとさえ思えてくる。


 いっそドッキリ番組であればどれほどありがたいか。


 忸怩(じくじ)たる思いで鉄太が歩いていると肩に鋭い痛みが走る。


「なぁって、聞いてるやろ」


 話を聞き流していた鉄太に対して、藁部(わらべ)が肩をグーで小突いて来たのだ。


「あぁ、ハイハイ」


 鉄太は適当に相槌(あいづち)を打ちながら、横目で彼女を(にら)む。


 なぜコイツは、笑パブに来たのか。


 そもそも、コイツらが来なければこんな目に合うことはなかったのだ。


「なんで来たんや」

「電車や」


「そんなん聞いてんのとちゃう! 理由や、理由!」


「いや、ゴッスンがオマエらの舞台見たいって言うからや」


「なら、オマエは来んでもええやん」


「付き添いや。女一人でこんなトコ危なくて来られんわ」


 鉄太は「そんなことないやろ」と言いかけてふと考える。身の危険はないようなことを言うと、今後もちょくちょく来そうな気がする。


 それに、彼はこの二人を女の範疇(はんちゅう)として見ていなかったが、笑パブの連中は、女(しかも美人)とみなしていた。


 ウジ虫どもからしたら腐った肉でもご馳走なのだ。


「ここは女二人でも危ないトコや。もう来たらアカンで」


 鉄太は遠回しに二度と来るなと伝える。すると、藁部は顔を赤らめて「彼氏気取りすんな」と小声で言い、鉄太を絶句させた。


 しばし、無言で歩く二人。


 前の方から開斗が五寸釘にライブの一件を愚痴っているのが聞こえて来た。


(今日何度目やねん)


 鉄太は心の中でツッコむ。


 ふと周囲を見るともうすぐ駅である。一体彼女たちは何処までついてくるつもりだろうか。


「どこらへんに住んでんの?」


 大咲花(おおさか)市内は電車の路線が網目のように敷かれており、どこから乗っても大抵の場所には行くことができる。


 鉄太がそれを聞いたのは、彼女らの乗り換え駅を特定することで、あとどれくらい我慢しなければならないのかの目安とするためだ。


 ただ、問われた藁部(わらべ)の方はそう思わなかったようだ。


(うち)来るつもりか?」


「ちゃうわ! どこまで付いてくんのか聞いてんねん!」


「アパートまでや」


「アパ!? ……なんでや! 昨日来たばっかやろ」


「ゴッスンが昨日のデートのお礼に、晩御飯作る言うて張り切ってんねん」

次回、5-5話 「趣味とか、どこの生まれとか」

つづきは7月17日、土曜日の昼12時にアップします。

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