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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第五章 下楽下楽
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5-2話 下品なネタを専門に

 オーナーの下楽(げら)に月田とヤスのコンビ名を問われ、答えられなかった鉄太は一瞬本当に自分にボケが来たのかと焦ったが、開斗に確認してみると彼らのコンビ名は聞いたことがないとのことだった。


 もしかするとコンビ名が決まってないのかもしれない。


 鉄太は、なぜ彼らに興味を持ったのかオーナーに尋ねてみると、この店の前座として使ってやるから連れて来いとのことだった。


 ありがたい申し出のような気もするが、漫才とも呼べないようなクオリティーの芸をする方、見る方、させる方、誰も得をしないのではないかと思わないでもない。


 開斗はオーナーに対して伝えるだけは伝えると回答し、あの二人が受諾するか分からないし金島が承認するかも分からないとも付け足した。




「「おはようございます」」


 オーナーが去り、入れ替わるように楽屋にやって来たのは、魔法使いのように三角帽子とマントを羽織った白と黒のコンビだった。


 彼らは笑林興業所属の若手漫才コンビ〈メテオ☆ストライク〉で、衣装の白い方が田中メテオ。衣装の黒い方がストライク井口という。


 この笑パブの本日1番目の前座である。


 そして、場末の笑パブの前座でくすぶっているだけあって、いまいちパッとしない芸風である。


 彼らは笑気を振りまくにあたり、巨大笑突(きょだいしょうとつ)と名付けた(スキル)を使うのだが、大仰な名前に反して威力はかなり控えめである。


 魔法使いのコンセプトはともかくとして、マントの下はTシャツにジーンズといった装いでダメならすぐに撤退する姿勢が伺える。


 コンビのリーダーの田中メテオは座布団も出さずに開斗の近くに座る。


「霧崎兄さん、今日早いですね。もしかしてラジオの日でした?」


「当たりや」


「聞いてますよ満開ラジオ。オモロイでんな。こんどウチらをゲストに呼んで下さいよぉ」


 田中メテオは帽子を取りながら、社交辞令的なトークからコミュニケーションを取り始めた。


 一方、相方のストライク井口は押し入れから座布団を5枚取り出すと、壁際に4枚並べてその上に寝転び、残る1枚を枕にして眠りだす。


 彼はかなりマイペースな性格なのだ。


「ラジオか……うらやましいですわ。ウチらも()よラジオでもいいから何かレギュラー持ちたいですわ。兄さん、ラジオのディレクター紹介してくださいよぉ」


 田中メテオはかなり上昇志向が強いようで、ロクな仕事が回ってこない現状の不満を吐露し事務所のせいだと愚痴る。


「笑林より兄さんとこの事務所の方がマシやと思えてきましたわ」


 冗談まじりに語る田中メテオであったが事務所移籍を匂わせてきた。


 それに対して開斗はやや語気を上げる。


「アホ抜かせ! 笑林のが10倍マシやろ。ワイんとこの事務所のクソっぷり教えたるわ!!」


 そして二人による事務所への愚痴合戦が始まった。



「なんやなんや、騒々しい」


 そこへやって来たのは、前頭葉の毛髪がかなり後ろまで後退した落ち武者のような髪型の老人であった。


「おはようございます。クンカ師匠」


 鉄太が挨拶をすると、他の者もそれに続いてバラバラと挨拶をした。

 

 彼は、芸歴50年の大ベテランのピン芸人、〈靴下クンカクンカ〉である。


 芸名から分かるように、テレビでも劇場でも使えないような下品なネタを専門にしている。うらぶれたオヤジしかこないような店では一定のニーズがあるのだ。


 ただし、一発も当てることなく鳴かず飛ばずでやってきたので、基本(あなど)られている。


 現に、彼が畳の上に直で座ろうとしているのに〈メテオ☆ストライク〉の二人は動こうともしない。


 鉄太は幼い頃より父親から先輩芸人に対する礼儀を(しつ)けられているので立ち上がると、押し入れから座布団を取り出しクンカに勧める。


「師匠、足痛めますよ。どうぞ座ってください」


「おお、おおきに、おおきに。しかし、〈大漫〉優勝してる先生から師匠と呼ばれるのも、こそばいわ。ワシのが師匠って呼びたいくらいやで」


 そんな自虐めいた返しをするクンカに対して、鉄太は「ぜんぜん、そんなことないですよ」と応じて適当に雑談を続ける。


 鉄太は開斗のように後輩を惹きつけたりしない代わりに、先輩からは可愛がられる性格をしている。


 それから数組の芸人が来て楽屋もいい感じに暖まった頃には、楽屋は開斗を中心とした若手グループと、鉄太を中心とした年長グループに分かれていた。


 いよいよ開店時間となり、まずは〈メテオ☆ストライク〉の呼び出しがかかる。


 二人は無言で立ち上がり、やれやれといった調子で出て行った。


 仮にもプロなのにその姿勢はどうなのかと思うが、それも仕方がない。開店直後で客はほとんどいないし、いたとしても前座の漫才なんか見ないのだ。


 おそらく彼らも最初は客がいなくても一生懸命漫才をしていたことだろう。


 しかし、このような何も手ごたえがない環境では、向上心はヤスリで削られるごとく摩耗する。


 彼らのためにも、せめて誰かが見てくれていたらと思う鉄太であった。


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次回、5-3話「あの娘から、笑気はほとんど出てへんねん」

つづきは7月10日、土曜日の昼12時にアップします。

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