3-4話 彼ら二人の漫才は
「キャンセルはせん」
「何でや!」
「何でや、じゃと?」
開斗の問われると、金島は窓際から前からソファーに戻りテーブルに拳を激しく叩きつけた。
「笑戸から戻って来て己らのシノギは減る一方じゃ! 今、レギュラーの仕事はラジオの一本のみ! テレビはゲストだけ! CMも決まらん! 今動かんかったら来年己らを覚えとる奴らなどおらんぞ!!」
金島の剣幕にさすがの開斗も一瞬怯む。
確かに今年の年末にまた〈大漫〉の新王者が現れれば、フォーカスはそちらに移り〈満開ボーイズ〉の出場枠が減るのは間違いないのだ。
「ああ、オッサンの言う通りかもしれん。でもな、そんなんチケット発注してへんことの言い訳にならへんやろ!!」
二人はメンチを切り合う。
月田から鉄太に、何とかして下さいというようなアイコンタクトが送られるが、とてもじゃないが、口を挟むことなどできない。
小刻みに首を左右に振るって無理だということをアピールする。
普通の睨み合いでは、どちらかが目をそらして決着がつくのだが、そもそも開斗は視力を失っているのだから睨まれている感覚すらないかもしれない。
いつ果てるとも分からない意地の張り合いに長期戦を覚悟する鉄太。しかし、午後にラジオ収録があるのだからあまり長いことやられても困る。
いや、もしかしたらラジオ収録のことを切り出せば、一旦この場を収めることができるのかもしれない。
言うべきか言わざるべきか。鉄太が逡巡していると、
「霧崎さん。一つ、ここは堪えてくだせぇ」
仲裁を買って出たのはヤスであった。
しかし、開斗は簡単には矛を収めない。ヤスの方すら見ずに問う。
「堪えて問題が解決すんのか?」
「ご迷惑をおかけして申し訳なく思っとります。このとおりでやす。あっしに免じて許してくだせえ」
ヤスは立ち上がると頭を下げる。
目の見えない開斗にヤスのその姿は分からないであろう。ただ、雰囲気で察することはできるはずだ。
しばらくの沈黙の後、開斗は大きく息を吐きだした。
「まぁええわ。舞台には出たる。でも、ワイらに全部丸投げはなしや。ただ、金とハンコを自由に使わせてくれるなら話は別やけどな」
「フン。己らのような借金持ちに金とハンコ渡せるわけないじゃろが。何が必要かヤスと相談せい。契約はワシがやったる」
金島はソファーに深く腰を下ろすと煙草を取り出す。するとすかさずヤスがライターを取り出し火を付ける。
ヤスのおかげで決定的な対立は回避され室内に安どの空気が漂った。
すると、月田が突然声を上げる。
「先輩方ガンバリましょう! 自分も裏でガンバるっす!!」
ヤスと張り合う気持ちが、彼にそう言わせたのか。なんにせよ、やる気があるのは結構なことだ。
笑林寺では裏方の仕事も一通り教えているので、中退したとはいえ月田もある程度の知識は持ってるはずだ。少なくともここの連中よりは役に立つはずである。
そんな月田の意気を買ってか金島からご褒美的な言葉が告げられる。
「頼もしいのお。じゃが、己らには裏方だけじゃのぉて舞台にも立ってもらうつもりじゃけぇ。しっかりネタも作っとけよ」
「マジっすか社長! まかせて下さいっす。この月田、先輩らと3人で伝説を作ったりますわ!!」
一人、盛り上がる月田。
鉄太はというと声にこそ出さないが同様にマジかと思っている。当然、否定的なニュアンスであるが。
というのも、ピン芸人〈ちゃんぴおん月田〉の芸風は、去年〈大漫〉に出場した〈ぶろーにんぐ〉に近く、笑気の拡散が少ないので劇場漫才向きではない。
彼に前座の役割を負わせるのは荷が重いというものだ。また、演者が2組しかいないこの状況では舞台構成で誤魔化すことすらままならない。
(そういえば何時間やんのか言うてたっけ)
鉄太が思い出そうとしていると金島からさらなる難題が告げられる。
「月田。己らと言うたじゃろ。3人じゃなく4人じゃ」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ社長! まさかコイツも舞台に上げるつもりっすか!?」
無論、月田の言うコイツとはヤスのことである。
「言うときますけど、コイツの漫才はとても客に見せられるもんじゃないっすよ」
月田は「コイツの漫才は」と言うが、正しくは「彼らの二人の漫才は」である。
半年前に金島によって強引にコンビを組まされたのであるが、相性が悪いらしくネタ合わせもままならないので面白いつまらない以前の問題なのだ。
言わば彼らのコンビは開店休業状態である。
月田の陳情に金島は答える。
「ほうか。好きにせい。……ただ、ヤスと漫才せんのじゃったら、己は舞台には上げん」
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次回、第四章「満開ラジオ」
4-1話「大咲花の風土が産んだクリーチャー」
つづきは6月19日、土曜日の昼12時にアップします。