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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第三章 金島屋
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3-3話 やってられんわキャンセルや

 ソファーに詰め込まれた4人から驚きの声が上がる。ただ、それぞれ声に含まれる感情は違っているようだ。


 月田は素直に喜びを表している。


 ヤスは落ち着きなく視線を動かしており、戸惑いが見て取れる。

 

 開斗は「マジか」と発してサングラスのブリッジ部分を押さえる。不安を感じているようだ。


 そして、鉄太は面倒くさいことになったと思っている。


 金島は4人の気持ちなどお構いなしに、ブラインド越しに外を見ながら語りだす。


 この半年間業務形態移行にあたり、顧客に対して借り換えを促したり、貸しはがしを行ったり、ようやく金融業から完全に脱却したとのことを。


 ちなみに〈貸しはがし〉とは、貸したお金を強引に返済させることである。


 借り手からすれば迷惑極まりない行為なのだが、これ自体は違法ではないため、市中の銀行なんかもバンバン行ったりするから要注意だ。


「で、サラ金卒業の記念と言うわけでもないんじゃが、一発かましてやろうかと思うての」


 誰に対して何をかますのか全く分からないが、今までの話で分かったことは、事務所主催の漫才ライブをするとのことだけである。


「で、いつ、どこでやんのや」


 しびれを切らしたように、開斗が尋ねる。

 金島は振り返った。


「来月の5月29日火曜、厚生年金会館じゃ」


 今日が4月19日なので40日後である。まぁそれはいいとして、


(厚生年金会館?)


 聞いたことの有るような無いようなその名前に鉄太は首をひねる。すると月田が、さぐるような声で金島に聞いた。


「もしかして、デュエルシティ大咲花(おおさか)のことっすか?」


「おお、そうとも言うらしいのぉ」


 金島の回答を聞いて、開斗が色めき立った。


「ちょ、ちょっと待てや金島のオッサン、デュエルシティ大咲花(おおさか)て。てか、どっちのホールや。まさか大ホールやないやろな」


「もちろん大ホールじゃ」

「マジか……」

「どうしたんやカイちゃん」


 絶句した開斗に鉄太が尋ねると、開斗は、うんざりしたように答えた。


「デュエルシティ大咲花の大ホールのキャパはな。3000や」


 デュエルシティ大咲花とは、大咲花厚生年金会館の別名である。


 大ホールと中ホールがあり、それぞれの座席数は3000と1000である。漫才大会の会場にも使われることがあるので、鉄太と開斗にとって知らない場所ではない。


「3000……」


 しかし、その数字を聞いて鉄太は絶句する。


 3000人の観客の前で漫才することに関しては不安を感じない。以前もっと多くの観客を沸かせたこともある。


 問題はこの素人事務所が、3000人を動員することができるかということだ。


 9カ月ほど前、コンビ再結成のおり、鉄太と開斗は自分たちでライブ開催できるか検討したことがあった。


 その時は、自分たちには運営の経験がないので無謀だという結論に達した。


 集客は事務所側の仕事である。では、金島らにそれができるだろうか? 人を追い散らすことならできそうだが、人を集めるノウハウがあるとは思えない。


「なんでワイらに相談せんかったんや」

「ワシの会社じゃ。何するかはワシが決める。それとも共同経営者にでもなるか?」


 開斗は詰問するが、経営責任を盾にされると口を噤むしかない。


 しかし、金島のえらく自信がある様子に鉄太は興味が湧いた。もしかしたら何か策があるのかもしれない。


「社長はん。どうやって客を集めるつもりでっか?」


「それは(おどれ)らが考ええ」


 まさかの丸投げに鉄太と開斗は机に突っ伏すようにズッコケる。


 しばらくして、上体を起こした開斗は、こめかみを押さえながら金島に告げた。


「あんなぁ、オッサン。ワイら出る方専門や。裏の仕事はやったことあらへんで」


「何じゃ、役に立たんヤツらじゃのぉ」


 金島は吐き捨てるように呟いた。

 だが、それはこちらのセリフのはずだ。


「ワシらの事務所は弱小じゃけぇ。まさか、おんぶにだっこしてもらえると思っとらんじゃろうの?」


「……まぁええわ。ところで、ポスターとかどうするつもりやねん」


 開斗は、言い合いをしても(らち)が明かぬと思ったのか、気を取り直したようにして尋ねた。そう言われてみれば、鉄太にしても告知用ポスターの撮影とかした記憶はなかった。


 別に文字オンリーのポスターでも悪くはないが、この事務所にポスターのデザインができる人材はいなさそうだ。


「どうせまだ頼んでないんやろ?」


「ポスターじゃと? 会場側が準備するんと違うんか?」


 金島の返答に応接室は静まり返る。


 ややあってから開斗が金島に問う。


「……一応聞くけど、会場を押さえる以外の手配は?」


「…………」


「待て待て待て。まさかチケットも発注してへんとかないやろな」


 金島は後ろを向くとブラインドの一片を指で押し下げ、外の景色を眺めつつこう言った。


「それも含めて(おどれ)らの仕事じゃ」


「アホか! やってられんわ。キャンセルや。キャンセルせい」


「キャンセルはせん」

「何でや!」

次回、3-4話 「彼ら二人の漫才は」

つづきは6月13日、日曜日の昼12時にアップします

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