表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第三章 金島屋
70/228

3-1話 ポケベルに表示されてる数列は

 翌朝。開斗に起こされる鉄太。

 朦朧(もうろう)とした意識の中に胸を付く油臭さを感じ取り覚醒する。


 芋焼酎(いもじょうちゅう)の臭いだ。


 今でこそ焼酎はフルーティーな香りでOLなども嗜むお酒であるが、昔の芋焼酎は粗悪な原材料などにより、とにかく臭かったのだ。


 鉄太は立ち上がり換気のため窓を開ける。それと同時に昨夜の漫才バトルのことが思い出された。


 言うまでもないことであるが、あの戦いは〈丑三つ時シスターズ〉に軍配が上がった。


 そもそも彼女らは〈大漫〉の決勝戦に出られる実力があるのだから鉄太と月田の即席コンビが敵うワケないのである。


 その後、納得しない月田を開斗が(いさ)めたり鉄太と開斗が漫才したり、ハイテンションになった藁部に鉄太が絡まれるなどあったが9時前にはお開きになった。


 酒も肴も限られていたので悪酔いする連中もいなかった。


〈丑三つ時シスターズ〉の二人は帰り際に「また来いよ」などと言われていたので、ここの住人に好意的に受け入れられたと考えていいだろう。


「テッたん。寒いわ。閉めてんか」


 温暖化などという言葉とはまだ無縁でいられたこの時代、五月前の朝方は冬のように寒い時もある。


「スマン、スマン」

「あと布団かたして、ちゃぶ台出したってや」


「お前はワテのオカンか」

「何言うてんのや。テッたんのオカンは小言なんて言わへんかったやろ」


 開斗の言う通り、母親の哲子は子育てに関して言えば大らかというか放任主義であった。


 また、鉄太は高校進学のおり母の実家に養子に出され、祖父母に甘やかされていたこともあり鉄太はズボラでだらしない大人に仕上がった。


(そう言えば、前にオカンに会ったのいつやったっけ?)


 布団を片付けながら鉄太は思い出す。


 最後に会ったのは腕を切られて入院した時に見舞いに来てもらった時なので6年ぐらい前であろうか。


 別に母親が嫌いと言うわけではない。


 ただ、養子に出されたこともあり母に対する情が他人と比べて高くないのは事実であろう。


 また現状、借金が数百万あるので会えば借金の話になるかもしれない。


 会うのであれば借金完済後の方がいいという気分もある。



「おまたせしました~~」


 朝食係の月田が皿を持ってキッチンスペースから居間に来た。


 皿の上にはサンドイッチが乗っている。

 ただし、サンドイッチと言っても白くはないし三角でもない。


 基本的に彼らの食すパンは耳パンであり、焼きあがった食パンから切り落とされる両端の廃棄部分である。


 その四角い耳パンの間に、これまた貰い物のお惣菜を挟んだ品が本日の朝食だ。


 加熱もしてなければ切り分けもしない。


 豊かな食生活とは言えないのだが、これでも以前と比べてかなりマシになった。


 というのも、なんと冷蔵庫(中古)を購入したからである。


 これによって、おからなど日持ちのしない貰い物の長期保存が可能となり、また、一度に多くの量を引き取ることもできるため商店街に毎日行く必要もなくなったのだ。


「あ、そういえば社長から事務所に来いって連絡きてますわ」


 サンドイッチを食べながら、月田はポケットから液晶タイマーのような長方形のデバイスを取り出すとちゃぶ台の上に置いた。


 これは、ポケットベル(通称ポケベル)と呼ばれる物で、10桁程度の数字を受信できる通信機器である。


 まだ、携帯電話が高額すぎて一般的ではなかった頃の連絡ツールであり、女子高生を中心に爆発的に普及していた。


 後に文字列も送信可能になるが、この頃は数字しか送れないので暗号っぽいやりとりができるのも面白くはあった。例えば、


 0840 → おはよう

 4649 → よろしく

 114106 → あいしてる 


 基本、数字の語呂合わせであるが、それだけでは語句を表現しにくいので、6をラ行で読み替えたり、本格的に使いこなすには送信側と受信側の双方にかなりのスキルが要求された。


 しかし、彼らの場合は極めてシンプルなルールで運用していた。


 事務所に来るように伝える場合は、〈51〉。

 事務所に電話するように伝える場合は、〈106〉。


 そしてその後に続く数字で人を示し、1なら開斗、2なら鉄太、3なら月田である。


 今、ポケベルに表示されてる数列は、〈51123〉。


 つまり、3人とも事務所に来いという意味である。


「全員来いとか何の用っすかね。バーターでテレビとか出られたりして」


 業界でバーターと言えば抱き合わせのことで、要するに〈満開ボーイズ〉のおまけで月田にも何かしらの仕事が入ったのではという事だ。


 月田は喜んでいるようだが鉄太はまったくそういった気分にはならない。


 名の売れていない月田は、めったに事務所に呼ばれることはないので(うれ)しいのかもしれないが、鉄太にとって事務所は行きたくない場所だ。


 なぜなら事務所の社長が暴力的だからである。


 ポケベルも当初、鉄太に渡されていたのだが連絡に気づかずにいたらバリクソに怒られたし、無くした時に至っては小便ちびるほど折檻(せっかん)されたのだ。


「そういえば、今日午後からラジオの収録やん。断ったほうがええんちゃう?」


「いや、十分間に合うやろ。危なくなったらワイが話つけたる」


 鉄太の提案は開斗によってあえなく却下された。


小説家になろうの評価の☆や感想を頂ければ、励みになりますのでよろしくお願いします。

次回、3-2話 「ライブが決定したからじゃ」

つづきは6月6日の日曜日、昼12時にアップします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ