3-1話 スキンヘッドの同期生
鉄太と開斗が再会してから一週間経った日曜日の夜。
大咲花市の湾岸からほど近くにある住之笑の居酒屋に、映画に出てくるベタなギャングのような恰好をした二人組が、テーブル席でグラスを持って向かい合っていた。
鉄太と開斗である。
黒いパナマ帽に黒いスーツという出で立ちは、かつての彼らの装いと随分異なっていた。
これは、イップス対策で鉄太が掛けているサングラスをカモフラージュするためである。
ただ、スーツは安い既製品なので、鉄太の左肩から胸部にかけて盛り上がるショルダーパッドの不自然さを隠すにはいたらない。
購入資金は当然、金島からの借金である。
「そんでは、〈ほーきんぐ〉再始動後の初舞台を祝しまして――」
『乾杯!』
二人は、大衆酒の代名詞、ホッピーの入ったグラスを軽く鳴らした後、一口だけ飲む。
ちなみに、コンテストは三位だった。
彼らのキャリアからすれば、この順位は決して高いものではない。
なぜならコンテスとは言っても地域盆踊りのイベントで、ほぼ素人みたいな連中を交えての結果だからである。
不振の理由は、ブランク明けという理由だけではない。
彼らは本来、客の状況に応じて即興でネタを組み替える漫才を得意としているのだが、鉄太はサングラスをして客を見ないようにしているため、本来の持ち味を出すことできなかった。
また、左が義腕であるため、相方にサインが上手く送れないという事情もある。
以前は即興でネタを組み変える時に、自分がどうボケるのか、また突っ込んで欲しいタイミングを、右腕を使って開斗の脇を突いたり、背中を叩いてして事前に伝えていたのだ。
それが出来ない今、仮に即興でネタを換えることが出来たとしても、以前のような仕上がりにはならなかったであろう。
「テッたん。久しぶりに舞台、立ってみてどないやった?」
「……正直、よう覚えとらんわ……」
「ええねん。今は場数を踏むことが肝心や」
二人は、一つの小鉢に盛られた枝豆をちびちび摘まんだ。
「邪魔するのじゃ」
居酒屋におかしな言葉遣いをする客がきた。
二人連れだ。
両方ともスキンヘッドの大男であるが、片方は筋肉質で、もう片方は肥満ぎみであった。
店内にいた他の客たちが彼らを見てザワつく。
スキンヘッドの男たちは、鉄太らの隣のテーブル席に座る。
筋肉質の男と、開斗が背中合わせになる。
「オヤジ。とりあえず生二つじゃ。大ジョッキでじゃ」
男は大声で注文した。
大ジョッキが運ばれてくると、彼は横を向いて座り、ノドを鳴らしながら一気に飲み干す。
「く~~~~~。たまらんのう。こんな暑い夜に生ビール飲まん奴がおるとは信じられんのじゃ」
筋肉質の男は、明らかに鉄太たちを挑発している。
「昔、お笑い新人バトルの決勝で、ワシらに負けたのが納得できんと、表彰式で大暴れしたポントウも今はバターナイフじゃ。たかが祭りの余興のコンテストで三位獲って喜んどるのじゃ」
「じゃかましいわ。膾にされたいんか。スネオ」
「そのナマクラじゃ無理じゃ。ポン」
手刀を構えた開斗と筋肉質の男の方が立ち上がり対峙する。
彼らは知り合いであった。
スキンヘッドの二人組は、若手ながら居酒屋の客がザワつく程度には名の知れた漫才師であり、コンビ名は〈キングバイパー〉という。
筋肉質の男の芸名は、バイバー・スネーク。
本名、蛇沼明人。
肥満気味の男の芸名は、バイパー・パイソン。
本名、錦重。
語尾に『じゃ』を付けているのはキャラ付けで、自分たちのイメージである蛇とかけているのだ。
ちなみに、〈ほーきんぐ〉の二人とは同期生であり、彼らは開斗のことを日本刀から略して、ポンと呼び、鉄太のことは苗字の立岩を略してタテと呼ぶ。
「見させてもろたのじゃ、ヌシらの漫才。そのギャングのような恰好見たとき、スタイル変えてきたんかと期待して見とったが全く変わっとらん。
――いや、それどころか劣化しとるのじゃ。なにもかも中途半端じゃ」
筋肉質の男は、開斗を見ながら舌をチロチロさせる。
「――ほんで、オマエらのように宗旨替えして、ちまちました漫才せいとでも?」
「キサマが言うなや!」
開斗の揶揄に蛇沼は猛る。
かつて彼らも〈ほーきんぐ〉と同じように、どつき漫才をしていた。
〈オロチ〉というコンビ名で、諸手を大蛇の顎に例えて大きく突き出す、オロチツッコミを武器に、スターダムを駆け上っていた。
しかし、どつき漫才は、暴力的で子供が真似をするからやめろと、PTAなどからクレームが入り次第に疎まれてきた。
とどめは、〈ほーきんぐ〉の腕切断事件である。
かくして漫才のトレンドは、〈どつき〉から〈しゃべくり〉にとって代わられた。
蛇沼たちは、オロチツッコミを封印し、しゃべくり漫才に転身し、コンビ名も変えた。
「亞院先生も最初からどつき漫才してたワケやないのじゃ。ワシらがスタイル変えたのを批判するのは、先生を批判するのと同じことじゃ」
漫才師で初志貫徹きる者など極めて稀である。時代や客に迎合し、スタイルを変え、芸名を変え、相方さえも変える。それが当たり前なのだ。
「先生は時代を作ったんや! 流されとるオマエらと一緒にすな!」
二人のやり取りに鉄太が割り込んだ。
顔が赤いのはアルコールのせいだけではないだろう。
「なんじゃ。壁がしゃべったと思ってビックリしたのじゃ。それはともかく、『汝、怒ることなかれ』。タテよ、ヌシの大好きな先生の教え、忘れたんか?」
あざける蛇沼に、開斗は無言で手刀構えた。
しかし、その刃が蛇沼に振るわれる前に、彼の手首を大蛇のような太い手がつかみ取る。
いつの間にか、蛇沼の相方の錦が立ち上がっていたのだ。
「兄者。言い過ぎじゃ。――ポン、タテ、スマンな。ここの払いはワシらが持っちゃるけぇ、勘弁するのじゃ」
「アホか。なんでワイらがオマエらに奢られなならんのや」
芸人が奢られてよいのは、相手が目上の人だけである。
同期に奢られるなど相手を格上と認めると同じこと。
彼らは笑林興業が運営する〈笑林寺漫才専門学校〉の同期生であり、ライバル心は人一倍強いのだ。
「けったくそ悪い。テッたん河岸変えるで」
開斗と鉄太は居酒屋を後にした。
次回、3-2話 「亞院鷲太と笑林寺」
つづきは明日の7時に投稿します。