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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第二章 笑月パレス
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2-4話 精神をゴリゴリに削られた

「……はぁ? 笑林寺出た奴はそんなにエライんかい!」


 その言葉に、場の空気が一瞬止まった。

 発したのは藁部(わらべ)だ。


〈丑三つ時シスターズ〉が、笑天下過激団しょうてんしたかげきだん所属の芸人であることを、鉄太は思い出した。


 先にも少し触れたが、笑天下過激団しょうてんしたかげきだんとは女性専門の芸能事務所である。お笑いに特化した笑林興業とは異なり、幅広い芸能活動を行っている。


 この事務所に所属している漫才師は、従来の師弟制度を経ているため、笑林寺で学んだ者はあまりいない。


 男の笑いの笑林興業の芸人と、女の笑いの笑天下過激団しょうてんしたかげきだんの芸人では、笑いに関する思想が異なるため、反目する傾向がある。


「エラくはないっす。……ただ、オモロイってだけっすわ」


「ほ―――――。言うやんか。やったら、そのオモロイ漫才とやらを見せてもらおうやないか」


「見せてやりたいっすけど、今、相方いてないんで」


「じゃあ、相方呼んでこいや」

「無理っす。ここ電話ないんで」


「走れ! 走って連れて来いや!」


 月田と藁部(わらべ)は、口ゲンカを始めてしまい、二人の相性が悪いことに鉄太はガッカリする。


 二人を酔わせて(ねんご)ろにさせる計画であったのだが、早々に破綻してしまった。


 もし、少女漫画であれば、なんやかんやで二人は恋仲になるのだが、現実世界において、そんなご都合的展開は期待できない。


 しょうがないので、鉄太は生贄になりそうな他の住人を物色する。


 本命、1号室の日茂(ひも)。ホストのスキルが期待大。


 対抗、2号室の新戸(にいと)。若さと見た目が一番マシ。


 大穴、4号室の鷺山(さぎやま)。占いとか超常的な何かで話があうかもしれない……といったこころか。


 いくらなんでも、鳥羽は年齢的にも容姿的にも無いだろう。


 鉄太が、どうやったら、藁部(わらべ)と彼らを会話させることができるだろうかと、頭を悩ませていると、肩を叩かれて我に返る。


 叩いたのは月田だ。

 

「え!? 何? 月田君」

「何やあらへんですわ。立岩先輩。自分と漫才しましょ」


「はぁ!?」

「この人に笑林寺の漫才を見せつけてやりましょ」


 月田の言う〝この人〟とは藁部(わらべ)のことで、鉄太がトリップしている間に互いの漫才を披露して、住人たちに笑林と笑天下のどっちが面白いかジャッジしてもらおうという話になったらしい。


 ただ、相方のヤスがいないので、鉄太に代理をしてもらいたいとのことだ。


「何言うてんねん。そんなこと急に言われても無理や」


「無理やないっす。前に二人で漫才してましたやん」


(そういえば、そやったっけ)


 すっかり忘れていたが、開斗が修行に出て音信不通になった折、鉄太は月田とコンビを組んで笑パブで漫才をしていたのだ。


 とは言え、「じゃあやろうか」という気分にはならない。


「いやいやいや。ヘンなクセついたらカイちゃん困るやろし……」


「困らんわ。ダチに貸したマンガやあるまいし。やればええがな」


「…………」


 以前、月田が鉄太とコンビを組みたがった時、開斗は日本刀で切りかかろうとするほど怒ったので、助けてくれると思いきや、まさかの後押し。


 アテが外れた鉄太は、月田と漫才をすることになった。


「じゃあ、霧崎先輩。〝お題〟お願いします」


「ほな、『野球』な」


「ちょちょちょ、ちょう待ってや! なんでハードル上げんねん!」


「大丈夫。大丈夫っす」


 何が大丈夫なのか。

 暴走する月田に鉄太は悲鳴を上げる。


 普通の漫才すら満足にできるかどうか怪しいのに、即興漫才で勝負するとか正気の沙汰ではない。


(どんだけ自分の評価が高いねん)


 鉄太は、心の中で悪態をついて、しぶしぶ立ち上がった。


 そして、月田と簡単に打ち合わせをした後、漫才を始めた。


 しかし案の定、噛み合わない。

 月田は鉄太のボケをスルーしまくる。


 最初は酔っているからかと思ったがそうではないようだ。


 どうやら月田は、野球に詳しくないみたいだった。


 野球と言うのは、男であればまず経験するスポーツであるし、大咲花(おおさか)であれば熱中しない者などいないと言っていいにも関わらずだ。


(野球知らんなら知らんって言えや。やったら、ワテがツッコミで、月田君がボケで成立したのに)


 無論、鉄太はボケ師で、ツッコミ師の修士課程を経てはいない。しかし、ダブルボケのようなこの状況に比べれば、マシな漫才が出来たであろう。


 悪夢の時間は終わった。


 幸いにも空間が狭く人も少ないので、鉄太の笑気で誤魔化し、一応の笑いは取れた。


 ただ、ムカつくのは、月田がドヤ顔をしていることだ。己の実力で笑わせたと思ってるに違いない。


 鉄太は、説教の一つでもしてやろうと思い、座ろうとすると藁部(わらべ)に腕をつかまれた。


 背中にいやーな汗が流れる。


「な、何や。まさかオマエもワテと漫才するとか言わんやろな」


「はぁ? 笑天下と笑林の勝負やろ。なんでウチがオマエと漫才せなアカンねん」


「じゃあ、この手は何やねん」


 鉄太はつかまれた腕を振りほどこうとするが、藁部(わらべ)はツメを立てて放そうとしない。


「オマエは藁人形の縫いぐるみの代わりや」


「は?」


 彼女ら〈丑三つ時シスターズ〉は、白装束にお歯黒を塗って漫才をしている。


 さらに、藁部(わらべ)は藁人形の縫いぐるみを小脇に抱えている。


 その人形の役目を鉄太にさせようとしているのだ。


「いやや。そんなん絶対いやや!」


「じゃあ、何か代わりになる物出せや」


「これでも使えばええやん」


 そう言って鉄太は一升瓶を差し出す。


「アホか。こんなん人形の代わりになるか。手も足もないやろ」


「口はある」

「ウマイこと言うたつもりか! 藁人形に口は無いわ!」


 結局、鉄太は藁人形の縫いぐるみとして、彼女らの漫才に参加させられ、精神をゴリゴリに削られた。

次回、3-1話 「ポケベルに表示されてる数列は」

つづきは6月5日、土曜日の昼12時にアップします。

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