2-1話 生贄を見つけた鉄太の足取りは
球場を後にした彼らは五人は地下鉄谷町線に向かって歩いている。
五寸釘を気に入った鳥羽が自分たちの住むアパートに誘い、彼女が二つ返事で了解したためである。
鳥羽を先頭にして、五寸釘と彼女に腕を掴んでもらっている開斗が続き、その後を鉄太と藁部が歩く。
前の三人は、たいして見どころがなかったはずの先ほどの試合の話で盛り上がっている。
ふと横を見ると藁部がいなかった。
振り返るとやや後ろにいたのだが、足取りは重いようで徐々に離れて行く。
鉄太は、ため息を一つ吐くと足を止める。
しばらくすると、俯きながら歩く藁部が鉄太の前を前を通り過ぎる。
鉄太は藁部に追いすがると話しかけた。
「歩くの遅いな。はぐれるで」
「…………」
「はぐれたら、迷子やと思われてお巡りさん来るで」
「…………」
鉄太はツッコミを期待して憎まれ口を叩いてみたが藁部は無視して歩き続ける。
「まあ、アレやアレ。今日は上手くいかへんかったかもしれへんけど、次はカイちゃんと二人だけでメシでも行けるようにしたるわ」
別に同情する気持ちとかは1ミリもないのだが、相手の反応の悪さに鉄太は最大限のサービス発言をする。
ここまで言ってダメなら、もう好きにせいといったところである。
すると、藁部は歩みを止める。
「さっきから何なん?」
「はぁ!?」
藁部はイラつきを含んだ言葉で問いかけて来た。
せっかく気を使ってやているのに帰って来たのが感謝の言葉ではないことに、聞き返す鉄太の語尾の調子もしり上がりになる。
「ウチは霧崎兄さんのコトが好き言うてるやろ」
「お、おう」
「なのに、オマエ、ずっと口説いてくるやんけ」
「ん? んんん!?」
「お歯黒してなくてカワイイとか言うし、ウチが作ったお好み焼き美味しい言うて、メッチャ味わって食ってたし、女は顔やないとか言ってくれるし……」
上目遣いに言い寄ってくる藁部に、鉄太はフリーズする。
そんなこと言った記憶がない。
もし、鉄太がツッコミサイドの人だったのならば、すぐさま「喃照耶念」とツッコんで、相手の告白まがいのセリフをボケとして処理できたかもしれない。
しかし、ボケサイドの人が初対面に近い相手に向かって、そんな瞬発力を発揮できるはずもなく妙な間が生まれてしまった。
「言うとくけど、ウチ、アンタみたいな小っこくて太った男、全然タイプちゃうからな!」
藁部は、まるで照れ隠しするかのように言い放つと開斗たちの方へと駆けて行った。
「……それはコッチのセリフや……」
走り去る彼女の背中を見ながら鉄太はつぶやいた。そして、どうすればこの災厄から逃れることができるかを歩きながら必死に考える。
もし、開斗が藁部を選んでくれれば一番楽なのだが、その可能性はかなり低そうだ。
いやいや、別にどちらかを選ばなければならないことはないのではないか。
芸人なんだし恋人が二人いたっていいはずだ。
とは言っても、開斗本人は女遊びをするタイプではないのが悩ましいところだ。
それよりも、一人の男にコンビの両方が恋人関係であることを、藁部と五寸釘がよしとするのか。
(ありえへんやろ)
逆のパターン……もし、自分に彼女がいたとして、その彼女が開斗とも恋人になりたいと言ってきた場合を想像してゾッとする。
百歩譲って、自分の知らない所で知らない男と浮気するならまだしも、相方と恋人を分かち合うとかいう関係になったら、開斗と漫才をやっていけないような気がする。
(だいたいなんで、アイツはワテのこと気に入ったんや?)
藁部の言葉を借りるならば、〝小っこくて太った男〟である自分は基本モテない。
今回は相手を笑わせようともせず空気に徹していた。
これでモテるはずはないのだ。
(男なら何でもエエんちゃうか?)
だとしたら、自分である必要はないはずだ。
幸いなことに今向かっている自分たちの住むアパートには、チビでもデブでもない独身男性が少なからずいる。
(そう言えば、月田君に彼女はおらんかったな)
月田とは、鉄太と開斗の住むアパートの一室の同居人で同じ事務所に所属する漫才師である。また、鉄太のことを非常に敬っている。
彼であれば尊敬する先輩が紹介する女を、無碍に断ることはないのではなかろうか。
生贄を見つけた鉄太の足取りは軽くなり、前を歩く開斗たちとの距離をどんどん縮めた。
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次回 2-2話 「グラスに酒を注ぎ始め」
つづきは5月22日土曜日の昼12時にアップします