1-7話 彼女らが競い合ってくれるなら
咲神の法被を着た酔っ払いはダミ声でこう言った。
「誰や思たら、漫才師どもやんけ」
(正体がバレた!?)
焦る鉄太であったが、近くまで来た男をよくよく見てみれば、何となしに見覚えがあった。
鉄太が訝っていると、開斗が酔っ払いに問いかける。
「その声、鳥羽のおっちゃんか?」
「当たりや」
そう言って咲神の野球帽を取った彼のずいぶん後退していた前髪を目にして、鉄太はようやく彼が誰であるか分かった。
「もしかして、霧崎兄さんの知り合いですの?」
「知り合いも何も同じアパートの住人やがな」
五寸釘が尋ねると、開斗が口を開く前に、酔っ払いが胸を張って答えた。
彼は、鉄太らが住んでいるボロアパートの住人で、名を鳥羽駆太郎といった。
日雇い労働で日銭を稼ぎ、ギャンブルなどで散財し、借金も少なからずあるという典型的ダメ人間だ。
「ホンマですか~~。それはもうウチの相方が失礼しました。ささ、どうぞコッチに座って下さい」
五寸釘は鳥羽を誘導して、彼女の左の空いている席に招き寄せる。
藁部は想定外の事態にフリーズしている。
酔っ払いのヤジ男とはいえ、開斗の知り合いと知ってしまい、うかつに物を言えなくなったみたいだ。
というかもうすでにケンカを続ける空気ではなくなってしまっていた。
「何や姉ちゃん。さっき相方って言うてたけど、姉ちゃんらも漫才師け?」
「そうなんですわ。ウチら《丑三つ時シスターズ》言いますけど知ってはります?」
「おぉ、何や聞いたことある気がするわ。それにしてもお前ら、えらいペッピンさんと付き合うとるやんけ。うらやましいわ。ヒャヒャヒャヒャヒャ」
鳥羽は適当な返事をして、調子に良いことを捲し立てる。あの二人がベッピンとか、社交辞令でも口にするのに勇気がいる言葉だ。
しかし、五寸釘は見え見えのお世辞に気を良くしたみたいで声のトーンが上がる。
「オッちゃん随分お上手ですやん。今日はただのデートです。ウチら〝まだ〟付き合うてへんのです」
わずかな時間で、まるで数年来の知り合いのように会話を始めた二人に、当てが外れた藁部は小さく舌打ちをした。
「ところでなんで咲神の法被なんです?」
会話を繋ぐためか、五寸釘は鳥羽の出で立ちについて質問した。先にも述べたが、鳥羽は欣鉄、オーイェー戦にも関わらず、咲神タイヤキズの法被を羽織っているのだ。
「コレか? コレは欣鉄にトレードされたフーネの応援のためやがな」
自慢げに答える鳥羽であるが、そんなワケはあるまい。
恐らく、プレミアチケットの咲神戦がとても手が出せない金額なので、代償行為を誤魔化すためにそんな恰好をしているのであろう。
仮に本気でやっているのであれば、相当イタイ奴だ。フーネもさぞ迷惑に違いない。
取り敢えず、コミュニケーションも一段落したところで、四回裏、欣鉄の攻撃も終わり、五寸釘は開斗のために野球の実況を再び始めた。
だた、必然的に鳥羽の相手もしなくてはならなくなったので、開斗とのやり取りは少なくなる。
藁部はその隙を見逃すはずもなく、積極的に開斗に話し出し親密度を上げにかかる。
そして、空が茜色から群青に移り変わる頃、試合は三対三の引き分けで終了した。
ただし、彼女たちの戦いには勝敗がついてしまったようだ。
力なく項垂れる藁部に対して、上機嫌の五寸釘。
折角巻き返しのチャンスがあったのに藁部は、それを生かすことができなかった。
野球の知識のない藁部は、『赤いキノコと緑のタケノコのどっちが好き?』というような女子トークを始めてしまい、開斗から「少し静かにしてくれるか」などと言われてしまったのだ。
対して五寸釘の方は、鳥羽から開斗の彼女認定をされ、みんなに紹介するからアパートに来いとか言われて舞い上がっている。
意外だったのは開斗がそれを拒否しなかったことだ。もしかして五寸釘に好意めいた気持ちを抱いたのかもしれない。
トラブルを起こした藁部と、トラブルを鎮めた五寸釘。
ウンコ味のウンコとウンコ味のカレー。
どちらかを選ばなければ目玉をくり抜くと脅されたら、鉄太だって五寸釘を選ぶ。
藁部が負けたのは自業自得と言えた。
とはいえ、鉄太は開斗の世話をしたいという人間に感謝したい気持ちもある。
なぜならは、開斗の目が見えなくなってからというもの、彼の介助は、ほぼ鉄太の役目であった。
決してコンビ仲は悪くはないが、ストレスは溜まる。
もし、彼女らが競い合ってくれるなら、この先、自分の負担が著しく減るのではないだろうか。
鉄太は藁部が脱落しないように陰ながら応援しようと思った。
次回、2-1話 「生贄を見つけた鉄太の足取りは」
つづきは5月22日土曜日の昼12時にアップします。
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