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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第二部「笑いの始球式」 第一章 デート
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1-4話 太陽は中天付近で輝いて

「今乗せたら、臭みがついてまうやろ。肉乗せるんは、ひっくり返す直前や。おまえホンマ大咲花者か?」


 藁部(わらべ)の放ったその言葉が、鉄太の動きを縫い留める。


 それは彼にとって、あまり触れてほしくないあの頃。諸般の事情で笑媛(えひめ)に転校した高校時代を思い起こさせたのだ。


「コラッ。オイッ!」


 耳朶(じだ)を打つ強い呼びかけに我に返る鉄太。


「え!? 何?」

「何やあらへんやろ。いつまでぼーっとしとんねん。さっさと豚バラ乗せんかい」


 藁部(わらべ)の言葉に「さっき乗せるな言うたやろ」と反論しようとした鉄太だったが、自分以外のお好み焼きが、すでにひっくり返されているのを見て気付く。


 自分がフリーズしてたのは、せいぜい十数秒ぐらいと思ってたが、実際は一分ぐらい経っていたようだ。


「スマン、スマン」


 鉄太は慌てて豚バラを乗せる。すると間髪入れず藁部がヘラで、鉄太のお好み焼きを勝手にひっくり返した。


「どーせ、出来ひんのやろ。目の前でゴミかゲロか分からんようなの作られたら、こっちのお好み焼きも不味うなるわ」


「…………」

 

「ほい、霧崎兄さん。あ~~んや、あ~~ん」


 五寸釘は、お好み焼きが焼きあがると、ヘラで格子状に切り分け、その一つをヘラに乗せて開斗の口元に近づける。


「ワイは赤ん坊か。お好み焼きぐらい一人で食えるわ」


「せやかて、もし落としたらソースが服に付いてまうやん。ウチに任してぇな」


「そう言われて見ればせやな。ほなら頼むわ」


 開斗の承諾を取り付けた五寸釘は、腰を浮かせると一旦ヘラを引き戻し、お好み焼きを息をフーフと吹きかけて冷ます。


 開斗はやや上を向いて口を開けており、五寸釘は卓に片手をついて上体を伸ばし、出来るだけ顔を近づけながら、お好み焼きの一片を再び開斗の口元に運んだ。


「旨いな」

「せやろ。この店はな、使うてる生地がちゃうねん」


 一切れを食べ終えた開斗の感想は、ごく平凡なものであった。だが、五寸釘はわが子を褒められたかのように喜ぶ。


 そして、彼女は自分が食べることをそっちのけで、次々と開斗の口にお好み焼きを運ぶ。それは、さながら親鳥がヒナにエサを与えているかのような微笑ましい光景のように鉄太には見えた。


 ただ、目の前に座るもう一人の同席者は、そうは思っていないようだ。


 彼女は自分のお好み焼きに、執拗にヘラを振り下ろし、異常なまでに細かく切り刻んでいる。


 ホラーじみた行動から目が離せない鉄太。視線に気づいたのか藁部(わらべ)(かぶり)をあげる。


 目が合ってしまった。


「う……旨いな」


 正直、この状況下において、食べ物の味などまったくしない。


 とはいえ、鉄太は彼女の狂気を目撃してしまったことを誤魔化すため咄嗟(とっさ)に言葉を紡いだ。


「はぁ? なんやそのしょーもないコメントは。これが食レポやったらディレクターにどつきまわされるとこやで」


 藁部(わらべ)に溜息を吐いて扱き下ろされるも「さよか」と愛想笑いをする鉄太。


 ただ、心の中では小さくガッツポーズをした。


 鉄太の目標は、彼女ら漫才師の皮を被った呪術師から、いかに興味を持たれないようにするかなのだ。


 不用意に話すと、散歩のときみたいに思わぬことを口にしそうで危険である。話しかけないように、そして話しかけられないように。


 幸い食事中なので、常に口の中に物を入れた状態でいれば、何とかなりそうである。


 ただ問題なのが、食べる早さであった。


 隣りのバカップルと違って、こちらは無言。このままでは、あっという間に食べて時間を持て余しそうだ。


 水を飲む。


 咀嚼(そしゃく)するスピードを遅くする。


 飲み込んで口の中からお好み焼きが無くなっても、なお食べている振りをする。鉄太はあらゆる技を駆使して、食事のサポタージュを行った。


 すでに食べ終えた藁部が、「いつまで食べてんねん」と言わんばかりに睨んでくる。


 それから十数分後。


 開斗と五寸釘のお好み焼きが無くなったのを見届けてから、鉄太は最後の一切れを鉄板の上から処理した。


 まるで地雷原の中を這って進むかのごとく、精神をすり減らした気分であった。


 四人は会計を済ませて店をでた。


「じゃあ、今日はここまでやな。楽しかったで」


「何言うてんねん。まだ昼や。これからやろが!」


 鉄太は心にもない台詞を口にして、デートを切り上げようとすると、藁部(わらべ)にすかさずツッコまれる。


「え? まだ昼!?」


 見上げると、確かに空は青く、太陽は中天付近で輝いている。


 どうやら、疲労感によって、とっくに夕方になっていると、勘違いしてしまったようだ。


「さすが、霧崎先輩の相方や。ええボケするやん」


 五寸釘がそう言って笑うと、開斗も同意して笑う。


 ボケてないのに、ボケたと勘違いされて笑われるのは、かなり気恥ずかしい。


 鉄太は愛想笑いをして誤魔化すが、藁部(わらべ)からは見透かされたようなジト目の視線を送られていた。


「ほなら、劇場でも行くか?」


 ひとしきり笑った後、開斗はデートプランを提案した。


 大咲花(おおさか)でのデートでは映画よりも劇場でお笑いを見るのが定番なのだ。


 しかし、五寸釘はもっといいものがあるとそれを断ると、バッグの中からチケットを四枚取り出した。


「ジャーン。欣鉄(きんてつ)対オーイェー戦のチケットや」

次回、1-5話 「今のはどっちが勝ったんや」


つづきは明日の昼12時にアップします。

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