1-2話 苦虫を噛み潰したような顔をする
開斗から笑戸のテレビ局と大咲花のテレビ局の違いを丑三つ時シスターズの二人に説明するように求められた鉄太は内心悲鳴を上げる。
極力二人の関心を買う行為は避けたかった鉄太は、息を殺して店のオブジェ的な何かになろうと努力していたのだ。
しかしだからといって、無言を貫き場の空気を悪くしておいて、平然としていられるような図太い神経を持ち合わせていなかった。
なので、当たり障りのない誰でも知ってそうな話をすることにした。
「そやな。笑戸のテレビ局は女子アナがメッチャ綺麗で、楽屋弁当がメッチャ豪華やねん」
あからさまな中身のない答えに彼女らは視線を向けることもなく、「へー」とか「ほー」とか感情のない相槌を返した。
その後、五寸釘は開斗に向かって、開斗が答えやすい〝どんな番組に出たか〟という質問をする。
鉄太は安堵の溜息を鼻から吐き出し、ミックスジュースをチビリと飲んで、ほんの少し前までの多忙だった頃を思い出す。
〈満開ボーイズ〉が《大漫才ロワイヤル》で優勝したことは先に述べたが、その影響で年始から笑戸のテレビ局から引っ張り蛸の状態が続いた。
朝の情報番組から深夜のバラエティーまで、それこそ寝る時間もないほどであった。
ただし、それも次第に減って行く。
開斗は目が見えないのでVTRの感想も言えなければロケもやりにくいのだ。
鉄太の方も隻腕なので体を張る番組には参加しがたい。
おまけに事務所社長の金島が局の人間とモメ事を起こしてしまい、優勝から三カ月も立つ頃には、笑戸での仕事は激減してしまった。
日中から呑気にデートできるのもそうした理由である。
さて、四人は喫茶店でひとしきり話をした後、散歩することとなり店をでる。
開斗の隣には五寸釘が並んで歩くというので、鉄太は五寸釘に視覚障碍者への誘導方法をレクチャーした。
手を握るのではなく肘の上を握ってもらうこと。並んで歩くのではなく半歩先を歩くこと。
狭い場所では、腕を後ろに回して一列になるように歩くことなどである。
開斗の誘導を五寸釘に任せて鉄太はその後ろを付いて行き、そして鉄太の隣には藁部が並んで歩く。
誘導するため開斗に細やかに話しかける五寸釘の横顔は、とても楽しそうである。
それに引き換え鉄太の隣の藁部は、あからさまに無口となった。
そう言えば、喫茶店では開斗の隣に藁部が座っていたことを思い出す。
どうやら彼女たちの間で、交代で開斗の隣を確保する取り決めになっているように思われる。
彼女らの狙いが自分ではないと確信したからか、無言の間に耐えられなくなったからか、鉄太は藁部に話しかけた。
「今日はお歯黒してないんやな」
藁部は、一瞬目を見開いた後、吐き捨てるように返答する。
「はぁ!? アホか。そんなん舞台の上だけに決まっとるやろ」
「道理で……」
気持ち悪さがやや減ってると思った。
「って言うか、〈大漫〉の打ち上げでスッピンの顔、見せとるやろが」
「……せやな」
藁部の言葉に同意した鉄太であったが、興味がないゆえに、その時の彼女らのことをあまり覚えていなかった。
まあ、それはともかくとして、彼女らが買い物に行こうと言わずに散歩をしようと言ってくれたことに安心した。
小学生でもあるまいし大人がデートで散歩とかどうなのかと思うが、多額の借金を持つ自分たちに気を使ってくれているようだ。
実のところ鉄太は、彼女らがデートの名の基に、ブランド的な物品やら幸運的なアイテムなどを分割的な手法で契約させられるのではないかと勘繰っていたのだ。
「なんやホッとしたわ。ごっつ集られるのかと思っとったわ」
つい、ポロっとこぼれた軽口に、藁部は眉を顰めた。
「アホか。ウチらのこと何や思ってんねん。そんな男に集れるような顔しとったら女芸人なんぞなってへんわ」
自虐を交えた抗議からは多分に負の感情が伝わって来た。
彼女の屈折した感情に触れた鉄太はつい反論してしまう。
「いや、モテるモテへんは顔の問題ちゃうやろ」
彼にとって漫才師とはなりたくてなった憧れの職業である。
決して閉ざされた選択肢の果てに渋々選んだ賤業ではない。
藁部は、鉄太の強い語気にあっけにとられようだったが、すぐに苦虫を噛み潰したような顔をする。
「何やその上から目線は。じゃあ、オマエは何人と付き合うたことあるんや。言うてみい」
その問いに鉄太は答えることはしなかった。
女性と付き合ったことがないからではない。付き合った人数をすぐに思い出すことができなかったからだ。
彼は世間一般で言う所のブサイクではあったが、モテなかったワケではない。
というかむしろモテた。
なにしろ、大咲花ではオモロイ奴が一番なので、漫才師の話術をもってすれば女性の気を引くことはさして難しくはない。
腕を失う前、まだイケイケだった頃、開斗と共に〝ひっかけ橋〟の異名を持つ笑比寿橋でナンパすればまず失敗することはなかった。
とは言え、そうした事実をこの場で言うのは躊躇われた。
言えば相手の怒りのボルテージがMAXになることはほぼ間違いないように思えた。
鉄太はアホであったが、空気は読めるのだ。
会話が続かなくなった彼らは、無言で歩き続ける。楽しそうに語らう前方の二人とは対照的である。
別に鉄太は隣を歩く人間に好かれたいとか、これっぽっちも思っていないのだが、このあとずっと緊張状態が続くのは正直キツイ。
何かしらのアクシデントが起きて、はぐれることがどんなに楽だろうかと夢想した。
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次回1-3話 「溜息交じりの低い声」
明日の昼12時にアップします。
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