1-1話 ミックスジュースて、お子様か
第二部 「笑いの始球式」の掲載を開始します。
前回、鉄太と開斗が大漫で優勝してから数か月後の話となります。
以前より読んで頂いている方々、まことにありがとうございます。
そしてよろしくお願いします。
あと、ゲラゲラコンテスト3に応募した短編の漫才ネタがございます。
5分程度で読めるものなので、読んでもらえたらうれしいです。
聖徳太子ゲーム
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四月中旬、平日の昼前。
大咲花は心咲為橋駅のすぐそばの古めかしい喫茶店。
ドアが開かれると共に涼やかな鈴の音が鳴り、二人の若者が入店する。
ポッチャリした感じの男と、野球帽を被りサングラスを掛けた細身の男だ。
ただ、サングラスの男の方は目が見えないのだろう。左手ポッチャリした男の腕を後ろから掴み、左手には白い杖を携えて広くない通路を歩む。
彼らは年配の給仕に窓際のテーブル席に案内され、向かい合って座る。
ポッチャリした感じの男の名は鉄太。
立岩鉄太という。
シワシワの白いワイシャツに黒いスラックスを履き、着古したダボダボのジャケットを羽織っている。
サングラスを掛けた細身の男の名は開斗。
霧崎開斗という。
スタジャンにチェックのシャツ、下はジーパンといった装いだ。
彼らは〈満開ボーイズ〉という名で活動している漫才コンビである。
昨年末、若手漫才師限定の賞レース、《大漫才ロワイヤル》で優勝したと言えば、思い出す人も多いだろう。
優勝賞金は1000万円……
……のはずだったのだが、セットを大破させてしまい、賞金どころか賠償金を請求される始末。
がむしゃらに働いて返済は進んでいるものの、現在でも元々の借金と合わせて、2人で1000万円以上の借金を抱えているのだ。
鉄太は、テーブルのスタンドに立てられていたメニューを右手で取ると、右手のみで開く。
彼の左腕は義腕なので動かすことができなかった。
かつて鉄太は、どんなツッコミも受けきることから〝鉄壁〟の異名を持っていたのだが、三年ほど前に、日本刀と称される前の男に、左腕を付け根あたりから切り飛ばされてしまっていた。
そして、開斗のツッコミを受けるために、彼はセラミックや高分子素材などで構成された特注のパッドを胸の部分に施した義腕を装着している。
ダボダボのジャケットは、その特注のショルダーパッドを目立たなくするという理由からである。
「ミックスジュース」
「冷コー」
二人の注文を聞き終えた給仕が去ると、開斗が鉄太の注文にイチャモンをつける。
「なんやテッたん、ミックスジュースて。お子様か」
「ええやん、別に……」
「はぁ? ボケへんのかい」
「そーゆー年頃でもないやろカイちゃん。コンビ組んですぐの学生ちゃうねん」
彼らは幼馴染でもあり、今でも互いを渾名で呼び合う仲である。ただ、仕事でもないのにボケたりツッコんだりするような初々しい時期は、当の昔に卒業しているのだ。
「何いうてんねん。今日はデートやで。上げていこ、上げて」
そうなのだ。
今日は開斗の言う通りデートである。
ただし断っておくが、今から男二人でデートをしようというわけではない。
彼らは相手となる女性二名と、ここで待ち合わせをしているのだ。
いわゆるダブルデートというやつである。
金銭的余裕のないにも関わらず、喫茶店に入ったのはそのような理由からだ。
「お、そろそろ来るで」
開斗の言葉に、鉄太は注文したドリンクが来るのか思ったがそうではなかった。
数秒もしない内に涼やかな鈴が鳴り、二人の女性が入店したのだ。
一人は中肉中背、黒髪ロングストレート。
丸眼鏡をかけており、フリルのついた白いブラウスに黄緑色のティアードと呼ばれる段々になっているスカート、そして肩から下げられたポシェットのベルトは胸の間を斜めに通過し、彼女の女性らしさを強調させている。
もう一人は、子供みたいな身長。おかっぱ頭に黒のベレー帽。薄茶のワンピースにカーディガン。手にはハンドバックを持っている。
開斗の予言が的中したことに鉄太は感心した。
「スゴいな、カイちゃん」
「まぁ、アイツらの笑気は分かりやすいからな」
鉄太に褒められて、開斗はまんざらでもないように親指で鼻の頭を擦る。
彼が女性たちの来店を言い当てられたのは偶々ではない。笑気を察知することに人一倍長けているからである。
笑気とは、人が笑う時に発する気のことで、漫才師などのお笑い芸人は、その気を自在に操ることで人を容易に笑わせることができる。
ゆえに漫才師にとって笑気を感じ取ることは極めて重要な能力の一つなのだ。
「笑気ってカイちゃんにはどう見えてんの? 壁とか関係ないの?」
「さすがに壁を通しては見られんへんで。ただ、強い笑気は壁越しでも分かるんや。磁石みたいなもんかもしれんな」
かつて鉄太は、笑気を感じ取ることにおいて開斗より秀でていたのだが、視力を失ったことにより研ぎ澄まされた彼の感覚は、鉄太をもはるかに凌ぐ能力となっていた。
「ゴメン。兄さん。遅なってもうて」
先ほど入店した女性二人が、鉄太たちのテーブルまでくると、二人そろって詫びの言葉を口にした。
〝兄さん〟とは、大咲花の芸人の間で使われる男性の先輩に対する尊称だ。
彼女たちもまた漫才師であり、コンビ名を〈丑三つ時シスターズ〉といった。
丸眼鏡をかけた黒髪ロングストレートで出っ歯の女がシスター五寸釘。小柄のオカッパ頭で下膨れの女がシスター藁人形である
「かまへん、かまへん。ワイらも今来たとこや。とりあえず座って、好きなモン注文せぇ」
開斗の言葉に彼女たちは、「おおきに」と言うと、あらかじめ取り決められていたみたいに、迷いなく行動する。
シスター五寸釘は鉄太を座席から引っ張り出して通路に立たせると、奥の窓側に座り、シスター藁人形は開斗に奥へずれてもらうと、その隣に座る。
男女が互い違いに着席したところで、給仕が注文を伺いに来た。
「マジか。五寸釘って本名なんか」
「ええ、代々大工の家なんで、下の名前の桐も大工道具の錐から取ってるんです」
「霧崎兄さんウチの本名はな、〈藁部このみ〉や。このみは、お好み焼きから付けられてるんやで。シシシシシ」
シスター五寸釘の本名が〈五寸釘桐〉と聞いて軽く驚く開斗。しおらしく受け答えするシスター五寸釘と、積極的に会話に加わるシスター藁人形。
一人置き去りにされたような鉄太は、目の前に置かれたミックスジュースの入ったグラスを右手で取り、チビリと飲む。
ダブルデートの体ではあるが、二人とも開斗狙いであることは明白であった。
しかし、鉄太はそれを不満になど感じていない。
なぜならば、彼女らの容姿がちょっとアレなのだ。
目の見えぬ開斗は、脳裏で彼女らの容姿をどのように想像しているのだろうか?
女性二人にチヤホヤされて上機嫌の相方が哀れにさえ思える。正直、鉄太としては彼女らとのデート自体、望むものではなかった。
どういうわけだか《大漫才ロワイヤル》で優勝したら彼女らとデートしなければならない決まりとなっていたらしく、彼女たちの脅迫めいた要求を断り切れなかったのだ。
まあ、〈丑三つ時シスターズ〉などと名乗る連中に、呪うだの祟るだの言われれば、無理からぬことと言えよう。
「ところで、笑戸のテレビ局の話聞かせて下さいよ。霧崎兄さん」
シスター藁人形こと藁部が、開斗の腕にしがみついて問いかける。
「話してやりたいのは山々やけど、ワイ目ぇ見えへんしな……スタッフの言葉が関西弁やなかったぐらいのことしか分からへんかったわ」
その返答に、藁部は目を見開いて両手で口を覆い、五寸釘桐は彼女を睨みつける。
先に述べたように開斗は目が見えない。
《大漫才ロワイヤル》で優勝を狙うため、エジプトに修行へ行き、目に大やけどを負い失明してしまったのだ。
サングラスを掛けているのは火傷の跡を人目に晒さないためである。
「テッたん。笑戸テレビの収録のこと、詳しく話してやってくれへんか」
気まずい空気を察したからだろう。開斗が話を振って来た。
鉄太は心の中で悲鳴を上げた。
次回 1-2話 「苦虫を噛み潰したような顔をする」
続きは明日の昼12時にアップします。
前回のアップロードは平日7時に行っておりましたが、読者獲得のためにアップロードの日時を休日の12時に変更させていただきます。
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