14-1話 見舞うため、集まった者、皆コケた
表彰式が終わると、鉄太と開斗は、大急ぎで大部屋の楽屋へ向かった。
幻一郎を見舞うためである。
彼は笑気の消耗が激しく、審査席から立つことが出来なくなっていた。表彰式に姿を現さなかったのはそのためである。
大部屋に設えられたストレッチャーの一つに、幻一郎が寝かされている。
頭髪がすっかり白くなったと思うのは、前のように陰の笑気を纏っていないせいだろうか。
ちなみに他のストレッチャーには誰も寝ていない。
狩山太狼ら十二名は、すでに病院に搬送されている。
鉄太と開斗は、幻一郎の横に並ぶ。彼らの前には医療スタッフがおり、また、後ろには蛇沼と錦の他、〈丑三つ時シスターズ〉がいる。ただ、〈ストラトフォートレス〉の二人は、出入り口の前で佇んでいる。
「その目ぇ、どないしたんや開斗……」
彼らを一瞥した幻一郎は、寝言かと思われるような不明瞭な声で問いかけた。
開斗はサングラスを外して火傷の跡をさらしていた。
さすがに開斗といえど、年長者の見舞で、サングラスを掛けることは憚られたみたいだ。
しかし、失明したことの問い関しては、少ない言葉数で返答を濁す。
「……ちょっと、修行の最中に火傷しまして」
かたわらにいた鉄太は、失明の事情を聞けるかと思っただけに、ややガッカリした。
ただ、自らの障害ついて話したくない気持ちを、一番分かるのは他ならぬ鉄太自身であった。
未だに、切断された腕のことを考えると、あの時の状況がフラッシュバックするようで、とても嫌な気分になる。
ましてや、合う人ごとに腕の事を話さねばならなかった当時の記憶は、なんとも言い難いものがある。
ただ、いっしょにいれば、いつの日か話してくれることもあるだろう。
鉄太は、開斗が自発的に話すまで、聞かないことにしようと心に決めた。
そもそも、経緯を聞いたからといって、解決するような話ではないのだから。
一方、問うた幻一郎も「左様か」と口にした程度で、それ以上追求せずに天井を見る。
どちらかと言えば、心配されるべきは彼の容態であろう。
幻一郎は天井を見たまま、鉄太らに話しかけた。
「お前ら……何やあの漫才……ありえへんやろ……セットのトビラ壊すわ、最後落としてへんわ……挙句の果てにボケがしょーもないツッコミでシメるとか……あんまりにもアホらしゅうて、笑ろてもうたやないか」
その語り様はとても弱弱しく、つい数か月前に見た傲岸たる風情は微塵もなかった。
「……でも、ボケに対するツッコミと、そのツッコミに対するツッコミは、〈特殊笑対論〉の解かもしれへんな……」
幻一郎曰く、鉄太と開斗の漫才は、最後の部分で盛大にしくじったと思われたのだが、彼らが全く意図しない形でW=BTW^2を体現していたのかもしれないとのことだ。
「幻一郎兄さん……」
衰弱しきった幻一郎の姿に、鉄太は涙声になる。
「なんや、鉄坊……泣いてんのか? 漫才師は人前で泣くもんやあらへんで。……それから、開斗……あんなごっついツッコミ見たんは、鷲太兄さんのツッコミ以来や……鉄坊のこと頼むで」
「はい」
幻一郎に対して、いつもは反抗的な開斗であったが、この時は素直な態度で返事をした。
「……でも、今回ワシが笑うたんは事故みたいなもんや……まだまだアレは〈特殊笑対論〉の完成形やない……それに鉄坊……あのツッコミを受けれるようにならんとな……鷲太兄さんを超える漫才師になろうとすんなら、証明以前の問題やで」
「……はい」
遺言じみたその言葉に、鉄太は鼻水を啜って返事をした。
「……けど、あないに笑ろうたんは、どんぐらいぶりやろな……」
幻一郎は、蚊のなくような声で呟くと少し咳き込む。すると医療スタッフが、もうそのくらいでと忠告を発し面会を終了させる。
「疲れた……少し眠らせてもらうわ……」
息も絶え絶えに言い残すと、彼は静かに目を閉じた。
「幻一郎兄さん……幻一郎兄さん!」
鉄太が崩れるようにストレッチャーに縋りつくと、医療スタッフも騒然とする。
すると、幻一郎は目を開いて上体を起こした。
「アホう。まだ死なんわ」
先ほどとは違って明らかな元気な声に、見舞うために集まった者、医療班の全員がズッコケた。
つづきは明日の7時に投稿します。
次回14-2話「そないに金が欲しいんかい」
第1部はラスト2話ですが、開斗の失明の顛末は第3部で掲載します。